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それなのに──
「うっ…!ん、うぇ」
「だ、大丈夫か、由梨子」
「…はぁ……はぁ…」
私は中々トイレから出られないでいた。ずっと背中をさすってくれている正装姿の源治さんに申し訳がない。
「まさか……こんな日に…」
「無理をするな」
私は4人目の子を妊娠していた。数日前から何となく始まった悪阻は今まさにピークを迎えつつあった。
「はぁ……少し治まりました…」
「水を飲め」
「…ありがとうございます」
源治さんが持って来てくれた水を飲んではぁと息をつく。寝かされたベッドで優しく源治さんに頭を撫でられる。
「今日はもうよそう」
「え」
「また気分が良くなった時に撮影すればいい」
「嫌です」
「由梨子」
「こんな状況だから尚更今日撮影しなければ駄目です」
「……」
「酷い顔色の私を記念に残してこの子が大きくなったら話してあげるんです。この時のお母さんは悪阻が酷くてね、でもみんなが集まって記念の日をお祝いした素敵な一日だったから頑張って撮影したんだよって」
まだ平らなお腹を擦りながら語る。そんな私を若干呆れながらも優しい笑顔で見つめていた源治さんは「やっぱり強情なところは何年経っても変わらないな」と呟いた。
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