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1.夏場と言えばコレだと言うが
新しい国に突入すると思いきや、再び穏やかな国に逆戻りだ。
旅ってもんは、兎角予想通りにはいかないモンらしい。
ディオメデを四頭も揃えた豪華な馬車は、俺達が歩いたり馬車で移動した道程をわずか数時間で突っ走り、再び砦の街・バルードへとたどり着いた。
今更ながらにヒポカムとディオメデの馬力の違いに驚くが、まあ、ヒッポちゃんはゆっくり歩くので無理もない。
っていうか馬車もよくその速度で無事だったなおい。
何か色々と納得が行かない所は有ったが、俺達はエネさんの助力と、ラスターやリタリアさんから貰った【縁故の腕輪】を使って楽に出国する事が出来た。
やったぜコネの力。ってか初めて正当な使い方した気がするなこの腕輪……。
改めてライクネスのみなさんに感謝しつつ、俺達は砦で旅支度をする事にした。
いつもなら財布の中を気にする所だけど、今回はエネさんがシアンさんのお財布を持って来てくれたので安心だ。
普段は「人のお金なので申し訳ない」とか思う俺だが、今回はしないぞ。
だって、シアンさんの無自覚な思惑に乗せられて俺達は散々協力したしね!
という訳で、俺達は食料品やら何やら買って、今日の所はエネさんと一緒に砦に併設されている国営の宿屋に泊まる事にした。
今は、相変わらず味が極端な夕食を済ませて、食堂の片隅でアルコール度ゼロのエールを飲みながら一息ついている所だ。
「…………まったく、貧しい庶民の食事とは実に哀れな物ですね。臭いがないだけ残飯よりマシですが、舌を殺すと言う意味では毒薬と同じなのではないですか? 下等な人族はよくこんな発酵した泥水と粗悪な土を食べられますね」
初めて庶民の料理を食べたらしいエネさんは、眉一つ動かさない物の酷く辛辣な言葉でエールを除けている。ローブを被っているので表情の詳細は解らないけど、しかし声がかなり不機嫌なので、マジで不味かったんだろう。
気持ちは、解る。ってか、神族も俺と同じ感想って事は、もしかして彼らも俺と同じような食生活をしてたりするんだろうか。
「エネさん、エルフの食事でもやっぱ味には気を使うんですか」
「ええ。我々は特定の肉以外は摂取致しませんが、そのぶん味には気を使います。人族と違い、我々は神に繊細な舌を与えられましたので」
「へ~……舌にも神様のご加護が……」
人族も俺の作った料理は美味しいって言ってくれるし、恐らく神族がどうのって問題じゃないとは思うけど……神様の御膝元だったから、料理に対してもきちんとした作法とか美味しい食べ方とか、色々伝えられてるんだろうな。
それとも、菜食料理が多かったら、自然と味を気にするようになるのかな?
やっぱ種族が違うと暮らし方も結構違うなあとか思っていると、エネさんが少しもじもじして、俺に向き直って来た。
「この夕食の事を考えますと……以前、ツカサ様が作って下さった料理は、やはり我々の舌を唸らせる料理と言えます。あの時は驚き過ぎて称賛の言葉すら言えず、申し訳ありませんでした……。まさか、我々より遥かに劣る人族があれほどの料理を作れると思っていませんでしたので……」
「いや~そんな……へへへ……」
「ツカサ君、なんで君そいつと仲良く話せてるの……もしかして罵られて興奮する方面の人なの……?」
ええい煩い外野め。俺は今金髪巨乳美女エルフと話してるんだ、横から変な事を言うでない。でもまあ、ツンデレとか毒舌美女が好きな人じゃなけりゃ、エネさんの言葉はキツいか。読んでて良かった毒舌美少女の萌え漫画。
でもブラックに誤解されるのも癪なので、世間話もこのくらいにしておこう。
「それでエネさん、もう一度確認しておきたいんですけど……俺達が向かうのは、北西方面で良いんですよね? 地図からすると、どのあたりですか」
馬車の中では広げにくかった、アコール卿国の地図をテーブルに広げる。
エネさんはその地図を分かりやすいように回転させて、まずこの街を指さした。
「ここが今いる砦の街……バルードです。シアン様がお考えになられたルートは、まずこの砦からセーナスへと向かい……そこから東へと延びる【アルテス街道】を通り、マイラという街へ行って頂くものになります」
お、またあの街に行くのか。だったらガトーさんとまた会えるかな。
あれから娘さんにお仕置きを食らっただろうけど、どうしてるだろう。
ギルドの面々にも挨拶しておこうかな。
そんな事を思いながら、俺はエネさんの綺麗な指先と共に視線を動かす。
平原を突っ切る東の道は、途中で円形の都市に遮られていた。
そこには「マイラ」と書かれている。この街からも二つの道が伸びており、ここも交通の要所なのだと知れた。
「セーナスからマイラへは、ディオメデに乗れば二日ほどで到着します。ここから北アルテス街道を通って下さい。この先は村が少ないので、食料を充分に整えてから出立する事を心掛けるように」
「ん……? ちょっと待ってよ、北アルテス街道はベランデルンへの唯一の輸送路だろう。なんで村が少ないんだい?」
ブラックが言う所によると、この街道はアコール卿国とベランデルン公国を結ぶ重要な道になっているらしい。
普通なら、そういう道のすぐそばには村が出来ると言うのだ。
何故かと言うと、この国の輸送路には、魔物除けの仕掛けが施してあるから。
どんな魔物にでも効くって訳じゃないけど、高速道路のサービスエリアみたいに商売する拠点としては打ってつけだし、その周辺に村を移せば比較的安全に暮らせる。障壁を発生させる曜具を買えない貧しい村なら、そっちの方が安上がりだ。
だから、大きな街道の傍には村ごと移動してきた人達や、商売人が寄り集まって出来た村が有るらしいんだけど……この街道には無いのだと言う。
どういう事だとエネさんを見るブラックに、相手は平坦な声で答えた。
「…………この街道には、少々いわくがありまして……」
「いわく?」
思わず聞いてしまった俺に、エネさんは少々声を和らげて続けた。
「お二方はご存じない事でしょうから、お話します。……この北アルテス街道には、数年前からとある尋常でない噂が立っているのです。そして、その噂に関連していると予測されている事件も立て続けに起こっており……現在、北アルテス街道の村は、国境近くの街と村を除いて全てが廃墟と化しています」
ちょ、ちょっとまって……なんか嫌な予感がするんだけど。
イワクって何。廃墟って、なに。
「その噂と事件ってのは?」
軽く聞いたブラックに、エネさんは何かどよーんとした暗い雰囲気を纏いながら、ゆっくりとブラックの方へ体を向けた。
「聴いた後で私に恨み言を言わないで下さいよ……」
「お、おう……?」
まって。待ってエネさん。エネさん思いっきり雰囲気作ってません?
どう考えてもこれ、この雰囲気でする話って、あの……。
い、いや違う。きっと違う。まさかそんな、こんなモンスターとか出まくってる世界で、そんな、俺の世界みたいなアレの話とか……な、なあ?
違うよね、絶対違うよね。そうだと言ってお姉さま。
そう思いながら、俺は必死の思いでエネさんを見つめていた、が。
エネさんが発した次の言葉に、俺は青ざめざるを得なかった。
「……これは、ある下等な兵士達から聞いた話です…………」
あ゛――――――ッ!!!?
これ怖い話ッ、やっぱり怖い話のヤツやっ!!
いーやーーーー!! きーきーたーくーなーいぃいいい!!
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