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6.男だって可愛い物は好きなんです
どうやらこのオッサンは、やる時はやる男らしい。
道中数日、見事に性欲を我慢しきったブラックに拍手を送りつつ、俺は広い道の先に見える街――マイラを見据えた。
マイラはセーナスと対を成す交通の要所であり、このアコール卿国第二の大都市である。国のほぼ中央に位置する首都よりもプレイン共和国に近いためか、繁栄の度合いは古い伝統を重んじる首都よりも高い。
そりゃもう、近代都市と言っても良いくらいに。
何故かっていうと、公共設備が段違いだから。
マイラにはラッタディアの地下水道を参考にした新しい下水道も造られていて、ラッタディアのように水道を捻ればすぐに綺麗な水が出る。
他の国では井戸だとか瓶入りの水だとかが普通って考えると、凄い事だ。遺跡の有効活用ならまだしも、それを改めて一から造ってるんだもんな。
この事からも、マイラはこの世界ではかなりの技術都市と言えよう。
因みにこの街は山の幸が豊富でキノコ料理が美味しい、らしい。
以上、ガトーさんの手紙からの情報でした。
…………うん、最後の情報いるのかなこれ。
色々と複雑な思いを抱きつつ、俺は再びマイラの街を遠目で眺めた。
「街の建物は普通に煉瓦っぽいけど、あちこちから煙が出てんな」
「あ、あれは……金属を加工する……金の曜術師である技師の工房の煙だよ……」
「えぇっ、あんな沢山!?」
「ぷ……プレインからすれば……まだまだだよ…………普通、技師の工房は……街に一つあれば、良い方だからね……」
そう言いながら、俺の横で疲れてもいないのに荒い息を吐き続けるブラック。
出来れば指摘したくなかったが、無視するのも辛いので振り向いてやる。
「…………えーと……。大丈夫?」
「だ……だい、じょうぶ…………街に着いたと、思ったら……なんか凄い……興奮してきた、だ、だけだから……なので、ちょっと抑えてくる」
「う、うぃ……」
我慢していたせいなのか、ここ数日、ブラックはこう言うエグい事を明け透けに言うようになって来てしまっていた。
そう、俺を犯すことを考えて興奮してました的な事を。
……本人の目の前で「性欲を抑えられません!」って宣言やめて下さいほんと。
我慢しろって言った手前何も言えないけど、こうも性欲見せつけられたらヒくぞ普通は。襲われないだけマシだと思ってるから俺は平気だけど、本当はこう言うのに慣れてるって事もヤバイんだからな。感謝しろよ俺に。
「いやー、本当おまわりさんとかこの世界に居なくて良かったなあ」
しかし、呟いても一人。
今日もロクはぐっすり寝てるし、ブラックが“抜いて”来るまで暇だ。
道の端に転がる手ごろな岩に座りつつ、俺は暇つぶしにガトーさんに貰った王様人形を取り出した。話し相手になって欲しいって程度で藍鉄やペコリアを召喚するワケにもいかんしな。
改めて綺麗な装飾のされた服を着た人形を見つめつつ、俺はガトーさんの手紙の二枚目に書いてあったこの人形の説明を思い出していた。
『さて、クグルギさん。最後になりましたが、ここからは貴方とブラックさんへの親愛の心を籠めた贈り物に付いての話をしたいと思います。もう既に、私の娘から受け取っておられると思いますが、その人形こそが私の最大の贈り物です。
奇妙な品だと思われるでしょうが、どうかお受け取り下さい。
その人形は、北アルテス街道を通る時に私が必ず携帯していた守り神です。
名前はリベルと言い、かつてドラグ山を登る旅人達全てが所持していました。
とは言っても、その話は数十年も前の事ですので、今の人は知らないでしょう。
ごく限定的な地域での伝承でもあり、文献には載っていないと思います。
ですが、これは紛れもなくドラグ山を越える時に必要な守り神です。
もし怪しいものに出会った時には、きっと守ってくれるでしょう。
道中平和が一番ですが、今は街道も何かが起こっているようです。
恐らくそれは、こうした“拠り所”が無ければ収まらない物なのでしょう。
私の勘違いであれば良いのですが、用心はしておいた方が良いと思うので……
とにかく、気休め程度にもこの人形を大事にして頂ければと思います。
何かあったら、また再会した時にお話しして頂けると嬉しいです。それでは。』
冒険番組の気合の入ったナレーションみたいな文面の後で、この真面目な文章。
アルイさんに手渡された時に普通の人形じゃないだろうなとは思っていたけど、手紙の内容からするとコレは中々に歴史が古い物だったらしい。
それにしてもガトーさん、人が知らない事をよく知ってるよな。
商会の会長さんだし、もしかしたら昔は世界中を旅してたんだろうか。
だからこういう事にも詳しかったりして……ああ、だから冒険野郎なのかな。
旅をする内に探検や冒険が大好きになったから、会長になった今でもあんな風にしてワクワクする事を探してたりして。
「迷惑なオッサンだと思ってたけど、人には歴史があるもんだなあ」
そう思うとなんだかこの人形が頼もしく思えて、俺はちょっと笑ってしまった。
よりどころ。心のよりどころか。確かに必要なものかもな。
「ツカサ君ごめんごめん、スッキリしたから行こう」
「お願いだからもうちょっと言葉を謹んでくれやオッサン」
でもまあスッキリしたなら良しとする。
俺は人形をバッグにしまうと、再びマイラへと歩き出した。
「さて、マイラに到着したらどうしようか」
「傭兵ー……はお前が拒否ったから、食堂を探しながら街道の情報をもう一度調べてみようぜ。セーナスで解らなかった事も分かるかも知れないし」
「そうだね。……じゃあ、酒場とかがいいかも。あそこなら商人も旅人も冒険者もみんな集まって来るし……宿屋で荷物を降ろしたら、そこの主人に訊いてみよう」
RPGでは王道のパターンだな。情報収集は酒場。ギルドで目ぼしい情報が入らなかった以上、これからは冒険者以外の人間から情報を仕入れなきゃいけない。
俺達は無事滞在許可を貰うと、西洋風の建物が立ち並ぶ都市マイラに入った。
ライクネスの子分……と言うと語弊があるが、そう言う国なだけあって、やはり建物はライクネスと同じく縦長でひしめき合ってる煉瓦の家だ。ただ、家の高さがまちまちで、ごちゃついてるせいか迷路みたいな印象を覚える。
だけど、街のそこかしこに案内板があるので迷う事は無い。
宿屋が密集しているエリアに辿り着くと、俺達は安宿に拠点を置いて、早速街に繰り出した。
宿屋の女将さんが言うには、この街で一番情報が集まるのは金の曜術師が工房を開いているエリアの酒場らしい。ちょっと見てみたかったからラッキー。
街の端にあると言うその場所を目指しながら石畳の道を進んでいると、ブラックが意外そうな声で頭を掻いた。
「にしても、アコールの街にこんなに金の曜術師の工房が出来てたなんてね」
「この国では珍しいのか?」
「前に言ったかもしれないけど、ライクネスとアコールは伝統を重んじる国でね、先進技術のカタマリである曜具は、最低限使わないような国民性で通ってるんだ。だから、夜に現れる気の光も多いし、自然も溢れている。小型の曜具はまだしも……大きな装置となると、どうしても曜気や大地の気を燃料として使うからね」
確かに前に聞いたような気がするな。
そのせいで無尽蔵に曜気を扱える俺も隠れなきゃならんのだけど、色々と解ってきた今改めて話を聞くと、なんだか俺の世界と同じ感じに思えた。
俺の世界じゃ消費する燃料は樹木だったり石油だったりするけど、根っこは一緒だろう。採取し続ければ少なくなるし、やりすぎれば都市の周辺は禿山になる。
ハーモニックの大地に気の光が少なかったのは、古代遺跡の装置が気を吸い取っていたからかもな。暗い夜も嫌いじゃないけど、それを考えると何も言えなくて、俺は気まずい思いで肩を竦めた。
だって俺はその恩恵を受けて育ってんだもんな……。ま、俺の世界は今はエコが普通だし、色んな動力が開発されてるから、そうそう禿山にはならないけどさ。
久々に社会科の勉強を思い出してゲンナリしつつ、俺は思考を異世界に戻す。
「じゃあ今までアコールには工房なんてなかったんだ」
「一つ二つは有ったけどね。でも、こんなに多いのは驚きだよ。……まあ、一つの街に集中してるだけなら、工房の大きさも猫の額程度だろうし……そんなに環境に影響は及ぼさないだろうけどね」
なら大丈夫か。自分の国の問題じゃないけど、でもやっぱ、綺麗な風景が壊れていくのはどんな国の事でも悲しいもんな。俺結構アコール卿国好きだし、環境汚染とか言うワードが出るような状態じゃなくて良かったよ。
「おっと、あの角を曲がれば【白煙通り】かな」
ブラックが顎を擦りながら、少し遠くにある大きな洋館の角を指さす。
人が次々に吸い込まれていくその角を曲がると、そこにはなんともファンタジーな光景が広がっていた。
「うわぁ……! マジでファンタジーだ……!」
とんがり屋根に煉瓦の煙突を付けた小さな家が、円形の広場を中心にしてずらっと並んでいる。ドワーフの家とか、二足歩行の動物の小さな家とか、本当にそんな感じのメルヘンな形だ。うわーやだー待ってすっごい可愛いんだけど!
ガキの頃見せられてたメルヘンアニメみたいで可愛いんですけどー!!
今にもハイホーハイホー言いながら小人が出てきそうじゃん!
「あれ、ツカサ君ああいう家好きなの?」
「えっ?! あ、えっと、ま、まあ嫌いじゃないよな!」
ブラックに突っ込まれて慌てて冷静さを取り戻し、俺はごほんと咳をする。
やっべテンション上がってたわ。あぶねえあぶねえ。
正直に言うと、俺ってメルヘンなのも結構好きなんだよな。遊びたくはないが、シルバ○アファミリーとか見てるの好きだし。
でもほら、そう言うのってやっぱ男だと言いにくいじゃん。
うっかり「メルヘンな建物って可愛いなあ」とか言うと女子にキモがられるし。
動物は可愛いと言っても許される……とは思ってるんだが、無機物は流石にな。
なので今まで表に出さなかったけど、ここまでメルヘンだと本当辛い。
ドワーフとかそう言えば見た事なかったな。もしかして居たりしないかな。
ネットではもう定番のロリドワーフも萌えるけど、髭モジャ頑固な定番ドワーフも好きなので出来ればどちらも見てみたい。
あ、でも犬とか動物系のドワーフも可愛いよなあ……。
っていや待て、これは金の曜術師の工房なのだ。人間の工房なのだ。
ドワーフは居ない。落ちつけ、落ちつけ俺。
「ツカサ君大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫……さあさあ、とりあえず酒場に行こうぜ!」
あまりにもメルヘンな風景に一瞬目的を忘れてしまっていたが、今は北アルテス街道に関する情報を仕入れるのが先だ。興奮するのはその後でも良いだろう。
っていうか、後から絶対見て回ろう。
脳内会議で満場一致の可決を勝ち取りながら、俺は白煙通りの酒場へとずんずん足を進めた。
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