4.親の背中を見て子は育つ

1/1
76人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

4.親の背中を見て子は育つ

    「はーん、その話な」 「今の話以外で、何か知りませんか? 俺達今からその街道に行くんで、何か確実な情報が有ったら知っておきたいんですよ……変なモンスターとか居たら困るし、村も少ないってんなら、野宿も考えなきゃいけないんで」  俺は(もっと)もなことを言いつつ、自分でも無理のない理由に満足した。  そう、情報を集めるのはあくまでも困らないためだ。決して俺がお化けじゃないと思いたいから聞いてる訳じゃない。  何度も言うとわざとらしすぎと言われるかも知れないが、そう言い聞かせないとやってられないから許して。自己暗示でもかけないとやってられないんですぅ。 「まあ、色々と噂が立ってりゃ気にしても仕方ないわな。……しかし、俺達が知ってる情報ってのも、大体同じようなモンだぜ? マイラの支部からもこれと言った情報は入って来てねーし、北アルテス街道で行方不明の奴がでても、そりゃ原因が解らないから断定のしようがないしなあ」 「そうなんですか……」 「まあ、ガトーさんにも来てくれるように頼んでるから、話を聞いてみたらどうかね。あっちは商人だし、ギルドに籠りっぱなしの俺らよりかは詳しいと思うぜ」  確かに、商人の方が色んな街に出向いているし、ギルドの人よりは情報を持っているかも知れない。それにガトーさんの商会はアコール卿国でも有数の会社だし、もしかしたら何か重要な手がかりが有るかも。  俺はサニアさんとギルマスにハーモニックでの当たり障りない思い出を話しつつ、ガトーさんが来るのを待った。すると、数十分後。  なにやら凄く控えめに、執務室の扉が叩かれた。 「は、はーい、今開けますー」  サニアさんが扉を開けると、そこには。 「あ、あれ……ガトー……さん?」  そこには、水曜スペシャル大好きおじさんの姿はなく……少し大人しめの容姿をした清楚な女性が静かに佇んでいた。  黒髪をお団子にして頭上で留め、細い輪郭で切れ長の綺麗な一重の目をしている。その目に()め込まれた深緑色の瞳は、彼女の雰囲気に凄く良く似合っていた。  華やかな美人という感じじゃないけど、日本の名家のご令嬢みたいな魅力が有る美人さんだ。二重の可愛い日本系女子も凄く良いけど、大人な色気のある狐っぽい日本美人お姉さまも素敵だなあ。  ……って、いや、そんな場合ではない。彼女は誰なんだ。 「あの、この御嬢(おじょう)さんは」  ブラックがギルマスに訊くと、相手が答える前に美女は腰を折り挨拶した。 「お二方、お初にお目にかかります。わたくし、タナク・ガトーの一女(いちじょ)で、アルイ・ガトーと申します」  新井、加藤さん。これはまた俺としては混乱してしまう様なお名前で。  この綺麗な女の人が、あの暴走冒険おじさんの娘なんて信じられ……いや、あのオッサンだからこそ、この知的な御嬢さんなのか……。 「おや、御嬢さんが来られるなんて……ガトーさんはどうしたんだい」 「父はまたクグルギ様達にご迷惑な依頼を持ち込もうとしておりましたので、わたくしが縄で縛って納屋に放り込んでおきました」  ヒューッ!  ガトーさんの話から厳しい御嬢さんとは聞いてたけど、これは予想以上だ。  怒らせると怖いみたいだから萌えるのは自粛しておこう。  とにかく話だ。代わりに来たって事は、御嬢さんもある程度話が分かるって事だろうし。彼女に訊きたい事を聞いてみよう。  俺達はアルイさんに北アルテス街道で起こっている事の詳細を聞いてみると、彼女からは実に詳細な現状報告が返ってきた。  確かに北アルテス街道はマイラ付近と国境付近以外の村は全滅しており、休息をとれる場所がないらしいが、実際モンスターの被害はなく、盗賊の被害もここ最近では起こっていないと言う事だった。  北アルテス街道は技術大国であるプレイン共和国の援助も有って、そんじょそこらの道とは違いえらく厳重に魔物除けが行われているらしい。  それに、交通量の多い大きな街道だから、真夜中でもそこそこ馬車の通行はあり、まず噂は真実ではありえないとのこと。  なるほど……それを聞くとなんか噂が嘘であるって言う確信が増すな。  しかし、そこでアルイさんは「けれど」と呟いた。 「けれど……街道の村が消失を遂げたのは、事実なのです。ある時から、ドラグ山近くの六つの村が全て廃墟になっていたと、輸送屋達が騒いでいました。そこから近隣の村の廃墟化が始まったのです。……噂が嘘だったとしても、その六つの村に何か起こったのは事実でしょうね」 「モンスターが居ると言う可能性はありますか」  ブラックの言葉に、アルイさんは難しそうな顔をする。 「断定はできませんが……可能性は、大いにあるでしょう。街の外では行方不明者など珍しくも有りませんが、最近の報告ですと北アルテスでの失踪がかなり増えています。これ程となると、盗賊や小物のモンスターが原因とは考えにくいし、高位のモンスターが出たと考える方が自然です。居るとすれば、ランク5以上の強大なモンスターでしょう」  ランク。  そういやすっかり忘れてたけど、モンスターにはランク付けがあるんだっけ。  携帯百科事典にはランクの事とか乗ってなかったけど、最近出てきた言葉なんだろうか。にしては冒険者たちも別に使ってなかったけど……案外認知度が低い言葉なのか、ランクって……。  妙な所が気になって悩む俺を余所(よそ)に、相手は話を進めていく。 「例え噂が嘘であろうと、ランク5以上となればわたくし達一般人には恐怖です。それに、なんの前触れもなく村が消失していますので……。そのせいか、輸送屋もなんだか怖がって遠回りのプレイン共和国側から入国するようになってしまい……そのせいで輸送費が……クッ……」  実に悔しそうな顔をして拳を作るアルイさん。きっと彼女は倹約家なのだろう。  アルイさんの人間らしい表情のお蔭で、ちょっと和んで元気が出たわ。  そっか、別に魔物除けがあるからって魔物を絶対に避けられる訳じゃないしな。  ってことは、村人だって怪物に食べられちゃって消失した可能性がある。それはそれで怖いが、対抗できる分実体のない物よりマシだ。  それに、俺の隣には大魔導士レベルの力を持つ中年がいるしな!  それに、俺のすぐそばにはロクもペコリアもディオメデも居てくれるし、でかいモンスターなんかへっちゃらだ。  なんか急に気持ちが楽になって来たぞ。 「じゃあ、モンスターに気を付けていれば大丈夫ですね」 「ええまあ……やむを得ぬ急ぎの注文で街道を通った輸送屋も、傭兵を多く従えて無事に通過しておりますし……恐らく、充分な兵力と人数があれば安心かと」 「なんでぇ、ならウチの職員貸すぜ? 事務仕事ばっかりやってるが、全員が元は冒険者だ。協力してくれっつったら大半が手ェあげんだろ」  うーむ、確かにそうだろうけども。マッチョなギルマスが「生まれてからずっと事務仕事しかしてません」とか有り得ないしな。どんな公務員だ。  傭兵をしてくれるってのはありがたいが、しかし、迷惑じゃないかなあ。  俺としては願ったりかなったりだが、ギルドの職員なんだったら他に仕事も有るだろうし。とか思っていたら、ブラックが急に口を挟んできた。 「いや、僕達はそれなりに曜術も使えるし、傭兵を雇わなくても問題ないですよ。それに、急ぐ旅ですので……職員の方々にご迷惑をかけるわけにもいきません」 「えっ? お、おい、何言って」 「折角の申し出はありがたいんですが、丁重にお断りさせて頂きます」  待て待て待て、俺は頼もうと思ってたんですけど!!  抗議しようとブラックに顔を向けるが、口を塞がれてしまう。  こ、こいつ何が何でも二人旅にしようとしてやがるな。  危険よりスケベか、スケベが大事なのかお前はぁああ。 「おや、そうかい? 俺らは良いんだがなあ。ギルドの事務なんてクソ面倒なだけだしよォ、たまにはパーっとこの筋肉をだな……」 「ま、ますたー……さては仕事から逃げたいだけですね……?」 「グッ……」  そっちも欲得込みの提案だったんかーい!  ああもう本当オッサンどもは自由だなあチクショウ!! 「ゴホン、でしたら……せめてこれをお持ち下さい。これは、貴方達の話を聞いた父からの贈り物です。道中無事に済むようにとのことで……」 「え……あ、そりゃどうも……」  アルイさんがなにやら差し出したのを、頭を下げながら受け取る。  何だろうと思って改めて見てみると、それは豪華な服を着せた木彫りの人形……のようなものだった。なんだろ。手足がないっぽい。一本の木を加工して作ったのか、細い首の部分はしっかり胴体と頭を繋げていた。  コケシにも似てるけど、服は王様っぽいし西洋風だ。  しかし何だってこんなものを。 「あの、これは……」 「良く解りませんが、父が手渡すようにと。道中安全の守り神みたいな物だから、持って行って下さいと言っていました。昔は父もそれを持って冒……いや、行商をしていたそうですので、恐らく父なりの最大の好意なのではないでしょうか。どうか受け取ってやって下さい」 「そうですか……じゃあ、あの、ありがたく頂きます」  お礼を言って、俺はブラックと顔を寄せ合って握った人形をまじまじと見る。  顔はなんか体格がふくふくした子供の笑顔っぽくて幸せな気持ちになるが、日本で言う所のお守りみたいなモンなのかな。  いや、待てよ。  ファンタジーの世界なんだから、普通のお守りじゃないかもしれん。  危険な時には巨大化して俺達を助けてくれるとか、凄い力が隠されてるのかも。だってほら、ゴーレムとかも居たし、この人形が曜具なら有り得るよな。  色々と謎ではあったが、ありがたく頂いておく事にして人形をウェストバッグに仕舞った。ロクにはちょっと窮屈(きゅうくつ)な思いをさせるが、好意を無碍(むげ)には出来まい。 「それと……この手紙をクグルギさんに渡すようにと。父は『その後のこと』が書かれていると言っておりました」  その後の事。  と言う事は、ドービエル爺ちゃんを無事国へ帰せたかが書かれているのか?  同じ熊族のクロウを見てから内心気になってたので、これは凄くありがたい。 「あっ、ありがとうございます!」  思わず喜び勇んで手紙を受け取った俺に、アルイさんは少し驚いていたが――  やがて、柔らかく苦笑すると、口に手を当てて肩を揺らした。 「フフ、本当に素直な方ですのね」 「あ、すみません……」 「いえ、良いんですのよ。貴方を見て、何故この堅物のギルドマスターや、恥ずかしがりのサニアが甲斐甲斐しくお世話をするのかが理解出来ましたから」  り、理解出来たってどういう事ですかね。  他人から自分の評価を聞くって凄い怖いけど、問わずにはいられない。 「あの……どんな感じの理解でしょうか……」 「素直で危なっかしくて、それでいて何故か一緒に居てほっとする。貴方のソレは天性の才能ですのね。父もこれほど懐くんですもの……にわか仕込みでは出せない、本当に尊い性格ね。ブラックさん……彼の心根、大事にしてあげて下さいね」  そう言ってブラックに微笑むアルイさんに向かって、ブラックは俺の肩を抱いて力強く頷いた。 「ええ、心得てますよ。僕はツカサ君の恋人なので!」  知り合いの前でなにを言っとるんじゃああああああ!! 「つ、ツカサさん、あの、羨ましいですぅ」 「おいおい、見せつけてくれるなよ。オッサンには刺激が強すぎるぜ」  待って待ってサニアさんギルマス納得しないで羨ましがらないで。  って言うか肩を抱くなてめえ、人の前で何ドヤ顔で宣言してんだこらあああ!! 「はーなーせー!!」 「ふふふ、ツカサ君顔が真っ赤だよ、も~本当可愛いんだから~」 「ギャー!! 抱き着くなああああ!!」 「アツアツですねえマスター」 「いいなあ初々しくて。俺も今夜はカーチャンに優しくしてやるかなぁ」 「ホホホホ、仲良きことは美しきかなですわねぇ」  ちょっとそこの三人外野に居ないで助けて下さいよっ。  男同士ですよ、男同士がぎゅっぎゅしてるんですよっ……ってこの世界男同士の恋人も普通の世界でしたねー! だああ畜生誰も助けてくれねぇええ! 「ツカサ君、明日からはついに長い旅の始まりだね。二人で頑張ろうねっ」  もーやだーこのオッサンと久しぶりに二人旅とか、本当嫌な予感しかしないー。  うっかり恋人になってやるとか許可するんじゃ無かったよ、もー。 →    
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!