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 男も車から出てきた。 「いくらだと?」 「……一億円だ」 「どこに?」 「俺の体の中に、父さんが入れたらしい」  男はしばらく、口を開けて固まっていた。そしていきなり、弾けるように笑い出す。 「お前のどこに、そんなもんがしまってあるんだ!? バカか、バカだなお前! お前金塊見たことあんのか!?」 「……ねえよ」 「時価でえらく変わるけどよ、いつだったか二十キロくらいの金の延べ棒で一億円するっておじきに言われたことあるぜ! そんなもん腹ン中に仕込んだとして、お前の内臓どこにやったんだ!? 親父に臓器売られたのか!?」  なおも笑い続ける男を見ながら、俺の頭は妙に冷えていった。  分かってるよ。そんなもの、俺の中に残されているはずがない。もうしそうなら、今すぐ腹かっさばいて取り出してやるところだ。  そもそも、三歳かそこらなら今の俺の体よりも、当然ずっと小さい。金塊なんて入れられるはずがないんだ。  記憶違い。世迷言。あるいはその両方。それでも、かすかに覚えている父親のその声に、すがっていたかった。お前なんかには、分からないだろうな。 「クソガキ、笑かしてくれた例に、俺を追っかけようなんて諦めるならここで許してやるよ」 「……どうも。それなら、一個だけ頼みがあるんだ」 「あん?」 「さっきの箱、中身を見せてくれ。確かめたことはないけど、たぶん父さんの形見なんだ。母さんが凄く大事そうにしてた。一度くらい、中を見てみたい。取り返そうとなんてしないよ」  男は、ケッと毒づきながら、箱を持ってきた。乱暴に蓋を開ける。  俺と男は、同時にその中を覗き込んだ。そこには―― 「ああ? なんだこりゃ」  男が箱の中からつまみ上げたのは、一枚の紙片だった。片側が銀色、もう片側が白い。これは…… 「ふざけんな! ガムの包み紙じゃねえか!」  そう、そうとしか見えない。なんだこれは。なぜ、母さんはこんなものを。 「ま、待ってくれよ。白い方に何か書いてある。英単語みたいだ」  男の手元の紙を覗き込む。暗くてよく見えないが、そこには、アルファベットが綴られているようだった。 「ええと、『ブラインド』か? ……それに『アーム』……? 次が、円柱、いやエンツ……エンズ? こんな単語あるのか?」  しかし俺がちゃんと読み終えないうちに、男は歯ぎしりをしながら、その紙をめちゃくちゃにちぎってしまった。 「ああ!!」 「ああじゃねえ! なんだ、好いた男の食ったガムの包みでございってか! 大した形見だなおい!」  男は荒々しく桐の箱を地面に叩き付けると、車に乗り込んだ。去っていくテールランプを、俺はただ茫然と見つめていた。  足元を見る。安っぽい銀色の光のかけらが、風に舞って散っていく。  俺はそれを見送りながら、壊れた桐箱を拾い上げた。そして、底面に触れた指の先に、微妙な凹凸を感じた。 「だから、何なんだよ……」  そこには、鍵穴の形に黒い穴が空いていた。
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