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家に着くと、母さんが玄関先まで出ていた。
「ごめん母さん、箱、無傷で取り返せなかった。中の紙も捨てられた」
母さんと一緒に、片桐さんもいた。どうやら心配して、付き添ってくれていたらしい。
「ま、怪我がなくて何よりだ」
「そうよ。さ、早く中に入って」
「ああ。……ごめん母さん、片桐さんと話があるんだ。片桐さん、ちょっといい?」
二人は怪訝な顔をしていたが、俺は構わずに片桐さんと一緒に彼の部屋に入った。
「片桐さん、これ見てくれよ。昼間言ってた箱ってこれのことなんだけど」
「何だ、壊れてるな。ん、底に鍵穴なんてあるのか」
片桐さんが箱を手に取ると、既にかなり傷んでいた箱の底板がぽろりと外れた。
「うお、すまん、取れてしまったぞ。……む。底が二重底になっているな。何か、紙がセロテープで内側に貼り付けてある」
「本当!? それ、表にはガムの包み紙が入ってただけだったんだ。やっぱり他に何か仕掛けがあるんだろ?」
「これは、……一万円札が二枚だな」
指先でそれをひらひらと振る片桐さんに、俺はがっくりと肩を落とした。
「二万円……? 鍵穴なんてもったいつけて……しかも鍵なんかなくても壊して開けられるし……」
「ま、持って行かれんでよかったじゃないか」片桐さんが肩をすくめる。
「い、いや違う。聞きたいことは別にあるんだ。片桐さん、医者だよね」
「いかにもな」
「頭いいよね」
「それなりにな」
「こんな英語知らないかな。ブラインドアーム、……エンズドゥング……みたいな」
「それはほとんどローマ字読みだな? なら、盲腸か」
「……へ? 何、何だって?」
「Blinddarm Entzündungー―虫垂炎、いわゆる盲腸じゃないのか。英語のブラインドとは綴りが違う……というか、ドイツ語だ。医者のカルテなんかはドイツ語表記だからな」
片桐さんは、傍らにあったメモ用紙にさらさらとスペルを書いた。
「こ、これ! これだ! この通り」
「ほう。しかし、なんでまたそんなものを書き残したのかね、お前の親父は」
俺は、右手を顎に当てて考えた。
盲腸。体の中の臓器。俺の体の中に、金塊。記憶違いでも、嘘でもなければ。金塊そのものでなくても、何か――……
「片桐さん」
「おう」
「俺の盲腸、切ってもらえないかな」
「なにい?」と片桐さんが目を剥く。
「ちょうど夏休みだし、ちょっとくらい入院してもいい。手術代は払えるよ。俺、――一億円手に入るかもしれないから」
俺は、事情を全て片桐さんに話した。
「いや、……ま、そりゃ、何かはあるのかもしれんが。病気でも何でもないのに、お前の腹を切れというのか?」
「頼むよ。母さんにもちゃんと許可もらうから。俺の、俺たちの人生がかかってるんだよ!」
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