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俺は、二人の光が遠くに行くのを確認すると、振り返ることなく走り出した。
なぜならば、声はより近づき、生臭い匂いが鼻についたのだ。
俺が走りだすと、背後でも駆けてきたのがわかる。
しかも、早い。 全力で逃げているが、相手はすぐに距離を詰めてきた。
「クソがぁ!」
生臭さと、声がすぐ後ろに来たのを感じると、俺は振り向きざまに、バットを力任せに殴りつけた。
ゴンッ!
その攻撃は見事に、生物の大きな目を直撃した。
「キュウウウッ!!」
犬のようなうめき声かと思ったが、まるでドジョウが苦しんでいるときのような奇声を発しながら左目を抑えて悶えている。
そして、バットをその場に捨て、また走りだす。
今度はあからさまに怒りに満ちた声を発しながら、こちらに向かってきている。
速度はさっきよりも早い。 こちらの体力は既に限界だ。
二人は十分に離れた場所に逃げれたのだろうか、それだけ知りたかったが、どうやら俺はここで終わるらしい。
殺気が背中に伝わる。 俺は足がもつれ、少し大きめの石に躓くと、その場に倒れた。
その瞬間、背中に熱が走り、遅れて激痛がきた。
「ぐぁっ!」
叫びたいほど痛いのに、整わない呼吸と経験したときのない痛みが、それを拒んだ。
そして、目の前には未知の恐怖と死を纏った存在が、鋭利な爪についた、赤茶色の液体を舐めている。
一歩、一歩と近づいてくる存在は、小さな口から三本の舌を出し入れしながら、涎を垂らしていた。
もう、お終いか。 手が勢いよくこちらに向かって振り下ろされようとしたとき。
「くらぇえぇえ!」
生物の横から逃げたはずの繁が現れ、手にもっている漬物石のような大きさの石を相手に向かって全力で投げた。
その石は生物の背後に命中し、重さと衝撃で態勢を崩し、膝をついた。
「今だ! 三春!」
「え?」
繁が出てきた反対側から三春が登場し、小さなスプレー缶のようなモノから何かを噴霧した。
「ギャオウウオウ!!!」
それを浴びた生物は、耳が張り裂けそうなほどの奇声をあげ、両手で目を覆いながら、倒れその場でのたうち回る。
「鐘也! 動けるか?」
繁実がこちらに走ってくるなり、俺を肩で抱きかかえて、二人三脚のように走りだす。
そして、その後を三春が走って追いかけてきた。
「ちょっと! 鐘也、背中凄い血が出てる!」
なるほど、あの痛みはこれが原因か、もし躓いてなければ直撃して、死んでいたのかもしれない。
「なんで、戻ってきたんだよ…。」
「は!? 三春がお前を助けるために戻るって言いだして、だったら俺も一緒だ!」
「意味…、わかんねぇよ。」
「それよりも、あいつなんなの?」
「一応、痴漢撃退用のスプレー効いたみたいだけど。」
意識が朦朧としだしているが、はっきりとわかる。 このままでは逃げれない。
すぐにこちらに追いついてくるであろう。 ならば、どうにかして撃退するしかない。
俺は全神経を使って集中する。
「繁、三春、協力してくれるか?」
無言でうなずく二人、俺はそれぞれに指示をだして、また一人地面に寝転ぶ。
最初は反対していた三春だったが、これしか方法がないと言って無理やり決行した。
繁は早々に目的のものを見つけ、ライトで合図を送ってきた。
俺から流れている香しい匂いに惹きつけられ、あいつは現れた。
暗闇からもわかる、その不気味な目が俺を捕らえている。
「こいよ…。」
「グウウウウワウウア!」
走りだし、こちらに向かってきた生物は今度こそ仕留めるために、勢いを殺すことなく腕をこちらに突き刺してこようとしたとき、今度は俺の目と顔面に激痛が走る。
そして、目の前にいたアイツも同様に苦しみだした。
「くそぉぉ、痛てじゃねえかよ!」
俺が囮になって、風上から風下へ向かって三春が、催涙スプレーを噴霧したのだ。
それを合図に、生物の横から繁実が突撃してくる。
「うぉぉお!」
勢いよく、敵の後頭部めがけ酸化した鉄を簡易的に加工した槍で貫く。
俺は目が見えない、しかし、音は聞こえてきた。
何かを貫く音が、それが聞こえたと同時に、今まで叫んでいた生物の声は聞こえてこない。
そして、俺の意識も同時に暗闇の中へと消えていった。
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