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「おまえなんかきらいだぁ!」
午後11:50分、東京の某居酒屋で声が上がる。
「おい、平成飲みすぎた。」
平成と呼ばれた男からグラスを取り上げようとする男。少し白髪じみた髪とくまの濃い顔は四十代とは思えないほど老けて見える。
「いや~。聞いてくださいよぉ、令和の奴すっげー仕事できるんですもん。5G?とか意味わかんなくないですかぁー?俺がやっとのことで4Gを成功させたのに、あいつ会社入る前から俺の一歩先いってんすよー。」
酔っている影響からか男とは思えないほど弱々しい力でグラスを離すものかと抵抗するさまは様に泥酔。
挙げ句の果てに今回の飲み会がその話中を含める少し遅目の新入社員歓迎会ということを忘れているらしい。
「おい、目の前にいるぞ。」
「うるひゃい!」
ぐいっと酒を仰ぐ平成。
ぷっはーとほんのり赤くなった頬を緩ませている平成に目の前の人物から声がかかる。
「昭和先輩もそんなに平成先輩いじめたらだめですよ。平成先輩も、そろそろやめましょ?流石に飲みすぎです。」
「だが、令和…。」
昭和と呼ばれた男が渋々平成の持つグラスから手を離す。
その代わり令和と呼ばれた男が力任せにグラスを取り上げようとした。
流石若者、力任せに取られては力がうまく入っていない平成の手からグラスがスッと離れる。
「お前ー。」
「仕方ないですよ。時代が変わりつつあるんです。」
取り返そうと伸ばした手を令和は軽く払う。
「お前なんか嫌いだ…大きらいだ…解雇されてしまえ…。」
終始笑みを浮かべている令和がその言葉を聞いて寂しそうに笑う。
平成だって本位ではないだろうし、酒の席での発言だ。
それでも令和は少し傷ついた言葉を隠して返す。
「僕は平成先輩のこと大好きなんですけどね。」
独り言のように小さな声で。
だが、その言葉を平成が聞くことはなかった。
「ぐぅ………………。」
「って寝てんじゃねぇか!起きろ平成!!」
昭和の慌てる声がする。
昭和が何度も揺すったり叩いたりするがびくともしない平成。
「そろそろお開きにしますよ~。」
暖簾をくぐって大正が現れる。
「了解です。」
「わかりましたー、片付けますねー。」
二人とも返事をして皿の片付けに入ろうとすると静止の声がかかった。
「片付けは俺がやっとくから。そのお荷物誰か送ってやれ。」
「「え、家知りません。」」
「え?」
大正の声が疑問で返ってくる。
「え、知らないの????」
「「はい。」」
またもやかぶる声。
その後誰も平成の家にたどり着くことができないという結論に至って一番近い大正の家に連れて行くことになった。
「ほらーいくぞ!」
平成の両腕を片方ずつ担いで居酒屋を出ようとする二人。
「んにゃ…ふぅ…。」
左が不意に崩れた。
「おい!何やってんだ令和!」
「す、すいません!」
まさか平成の声にうろたえたなんて言えるわけが無いだろうと令和は胸中で混乱する。
「せんぱーい、」
撫でるような声で昭和に抱きつくこともあり
「なんだ?」
と答えてしまったら最後
「んっ、しゅきーふふっ!」
と理性を試される事になった。
やっとのことで居酒屋をでて、教えてもらった大正の家まで歩いて10分程。
だが二人が大正の家にたどり着く頃には平成は熟睡していた。
残りの二人はというと天国か、と思う一方で一人で担ぎたかったなど半分獣可していた。
「「しつれーします…。」」
大正の家は広くて綺麗だ。
2階にある寝室に平成を寝かせると二人してベッド脇で溜息をついた。
暫くの沈黙。
「なぁ、」
その沈黙を破ったのは昭和だった。
「令和はこいつの事好き?」
「え、好きですよ?どうかしたんですか?」
少し疲れた顔をしつつ熟睡中の平成の頬を軽くつつきながら答える令和。
「いや、好きなのはわかるんだが、その…。」
言葉を濁らせる上司に繋ぐ様に令和は答える。
「ちゃんと昭和先輩と同じ恋愛感情です。」
昭和の目をまっすぐ見つめ、健気とも呼べる位真剣な目で答える令和に昭和はそっかぁ…としか返せなかった。
令和はとっくに気づいていたのだ。
昭和がそういう目で平成を見ていることを。
そうじゃなきゃ、平成が会社に入ってきた翌年に離婚なんていない。
それに令和はおそらくこの会社に就職した理由に平成が居るからと答えそうな雰囲気があった。
何より目が同じなのだ。
「平成はノンケだぞ。」
「そんなの知ってますよ。」
それでも好きになっちゃんですからしょうがなくありません?と切なそうにでもどこか希望を捨てられないような目で横たわる平成を見つめる。
髪の毛がくすぐったいのか少し身じろぎした平成からパッと手を離す令和。
「お前も俺と同じだな。」
手に入れたいけどそれ以上に彼からの拒絶が怖い。
思わず哀愁と同情の目を向けてしまう。
けれどその目を受け止め令和は
「僕、先輩と違って若いですから。もたもたしてると奪っちゃいますよ?」
挑戦的な目で笑う。
呆気にとられる昭和だったが、すぐに
「お前に取られるくらいなら俺がもらう。」
と笑い返してやった。
「あのー」
ばちばちとあがる火花を遮るかのように第三者が声を上げる。
「あ、上がってます。」
「お疲れ様です。」
大正はおう、と返事をすると平成の枕元に腰掛けて髪を撫でる。
その仕草に少しばかり嫉妬を抱いたのは何も一人では無い。
だが、それ以上の爆弾が落ちてきた。
「平成は俺のものだからだーめ!」
「「は?」」
案外この二人気が合うのかもしれない。
「まぁ、告ってないけど。」
安堵のため息が双方から聞こえる。
「もう、眠いし…ここで寝るか!」
大正のマイペースはもう日常だ。
終電ももう無いので電車通勤の彼らはここに止まることにした。
「「「おやすみなさい」」」
直ぐに静寂が訪れる。
みんな疲れていたのだろう。
こうして夜は更けていく。
誰も知らず誰もが心にかすかな希望を抱いて。
翌朝、妙に顔色のいい平成が一番最後に起きて妙に顔色の悪い大正、昭和、令和がいることに気づき、首を傾げるのはまた別の話。
〈〈〈〈好きなやつと同じベッドで寝れるか〉〉〉〉
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