けものフレンズ2−R2

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 イエイヌは久しぶりに外の空気を味わっていた。キュルル達と別れてから、ずっと家に篭りっきりで、外の世界で何が起こっていようと我関せずを貫いていた。いや、自身の持つ並外れて優秀な嗅覚と聴力は、外の世界の異変に気付くには十分過ぎるほど鋭敏だったのだが、気持ちがどうにもついて行かなかったのだ。  そんなイエイヌだったが、今日は何故だか朝からとても気分が良い。周囲に間断なく降り注いでいるサンドスターのせいだろうか。それとも…いや、気のせいなんかじゃない。風に乗って、ごく微かだが、あの懐かしい匂いがする。キュルルが近くに居る。そう思っただけで、もう気分が先走ってしまうのを感じる。尻尾が勝手に左右に揺れるのを、イエイヌはどうにも抑えることが出来なかった。  解っている。もう三人はここに戻って来る気はない。それでも、遠くから一目だけでもキュルル達の姿を見たい。手の届かない所に行ってしまう前にまた、あの懐かしいヒトの匂いを嗅ぎたい。その一心で、曲がりくねった道をひた走る。  だが…  何かがおかしい。イエイヌは戸惑った。いつもなら、匂いはだんだんと濃く、強くなっていく筈だ。なのに今日は、行けども行けども匂いが薄いままだ。  「えっ?」  思わず声が出てしまった。突然匂いが感じられなくなったのだ。慌てて周囲を見回す。と、傍らの草むらに、何か棒のようなものが二本、突き出しているのが見えた。  その頃。  「サーバルー、カラカルー!」元気な声が聞こえる方に、二人の長い耳が一斉に反応する。次いでそちらの方向に目をむけると、いつものように溌剌としたキュルルがこちらに向かって駆けてくるところだった。  「もうー、どこ行ってたのよ!」「心配したんだよーっ。」二人に口々に呼び掛けられて立ち止まったキュルル。「ごめんごめん。」そう言いながら後ろ手で頭を掻くと、少し口ごもってしまう。三人の間に、束の間気まずい空気が流れる。  やがて意を決したかのように、キュルルはいつものキュルルらしくない、ちょっと畏まったような口調で言う。「カラカル、昨日はごめんなさい。僕、ちょっと言い過ぎちゃった。」  「え?ち、ちょっと…何?いきなり…」カラカルも棒を飲んだような表情で立ち尽くす。そんな二人を交互に眺めて、サーバルは事の展開に驚くやら面白がるやら、と言った様子で大きな目をキラキラと輝かせる。  「僕…知らない間に、ちょっと臆病になり過ぎてたんだ。」思いの丈を一気に吐き出そうと、やや早口になりながらもまくしたてるキュルル。「海沿いの知った道を行けば安全だし、カリフォルニアアシカさんやバンドウイルカさんに、もう一度会うことも出来る。でも…でもそれじゃダメなんだ。」  キュルルの勢いに気圧されながらも、サーバルは何か眩しいものを見るように、その姿をじっと見つめた。今日のキュルルは何かが違う。それが何なのかは解らないけれども、きっと素敵な事だろう。そうサーバルは確信した。  「僕、もっとこの世界の事を知りたい。ちょっと危なくたっていい。いや、むしろ危ない事も避けないで突っ込んで行かなけりゃ、新しいことなんて何も見つからないんだ。だからお願い。二人とも、僕に力を貸して!」  「う、うん。まあ、アンタがそう言うなら…でも、あんまり危ない事に巻き込まれるのはイヤよ。」いつもの様に若干の負け惜しみを混ぜながらも、満更ではない笑みを浮かべながらカラカルは答える。サーバルと同じく、キュルルの変化に戸惑いながらも、カラカルは少し懐かしさも感じていた。出会ったばかりの頃に戻ったような、好奇心の塊と化したキュルル。  「じゃ、行こっか!」サーバルの一声で、三人は元気良く歩き出した。  砂の上に残る足あと。真ん中を歩くキュルル。その踏みしめた砂の中から、ほんの僅かに黒い煙のようなものが立ち昇る。だが、それも直ぐに爽やかな風に吹き消され、あっという間に見えなくなるのだった。
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