けものフレンズ2−R2

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 いそいそとした気分で家に入ってきたイエイヌ。両腕に抱えていたものを、手近にあるソファに、まるで壊れ物でも触るかのような慎重な仕草で置くと、鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐ。  うん、何度も嗅いでみたけれども、やっぱり間違いない。とても薄いけれども、これはキュルルの、ヒトの匂いだ。  藪の中から引っ張りだしたのは、自分とそう変わらない大きさの、灰色をした何かだった。イエイヌはそれが何であるかは知らない。だが、こうしてソファに座らせて、ちょっと離れたところから見てみれば、姿形がフレンズに似ている事は間違いない。  臆病なフレンズなら、そんなものを部屋の中に入れるだけで気味が悪いと怯えるだろう。けれどもイエイヌにとってそれは、長い間、それも本当に途方もなく長い間待ち侘びていた、ヒトを身近に感じさせてくれる宝物だった。  きっとキュルルが自分に遺してくれたプレゼントだろうと思うと、また尻尾が勝手に動き出す。よほど念入りに匂いを付けてくれたのだろう。ごく薄いとは言え、匂いはそう簡単には消えてしまいそうに無い。そして、イエイヌご自慢の嗅覚をもってすれば、薄さの問題などは、ごく瑣末な懸念に過ぎない。  それから日が暮れるまで、イエイヌは嬉しさのあまり部屋中を文字通り駆け回った。あまりに疲れたので、自分がいつ眠りに落ちたのかも覚えていない有様だ。それでもイエイヌは幸せな気分で一杯だった。だがイエイヌはまだ知らないのだ。これから自分に起きる幸福な出来事の、これがほんの始まりに過ぎない事を。  誰かに体を強く揺さぶられたような気がして、イエイヌはパッチリと目を覚ました。そして目を覚ましながらも、まだ本当は自分は夢の中に居るんだと直ぐに思い直した。目の前にヒトの顔がある。キュルルに似ている…が同一人物ではない。匂いが違う。かと言って、全く別人と言う感じでもない。  「もう、寝ぼけてないで起きてよ、イエイヌちゃん!」目の前のキュルルに似た顔のヒトは、眉間に皺を寄せて不満そうに言う。声もキュルルの声に近いが、やはり別人だ。と言うより…これは?イエイヌはやや乱暴に相手の顔を引き寄せ、鼻をぎゅっと押し付けて思い切り肺に息を吸い込んだ。  鼻腔を濃密な匂いが駆け抜ける。人間であれば頬をつねって痛みを感じるかどうか調べる所だろうが、イエイヌの場合、それは匂いであった。夢じゃない…本物だ!確信が稲妻のように脳髄を走る。沸き起こる興奮に心地よく身を委ねつつ、イエイヌは相手の顔を舐めた。舐めて舐めて舐めまくった。この味…匂い…ああ、おかえりなさい…おかえりなさい!  「わっぷ…、くすぐったい…イエイヌちゃん、ちょっと…お願いだから落ち着いてよ!」相手の言葉に、後ろ髪を引かれる思いで頭を離す。相手の顔を見ようと思うのだが、涙が次から次へと溢れて止まらないので視界がボヤけっぱなしでどうしようもない。  「うふっ、イエイヌちゃん、ひどい顔。」声と笑い声が聞こえる。草むらで鳴いている虫たちのような、透き通った声。楽しそうなその声に、自分も半べそをかいているのに笑おうとするから、喉に引っかかって聞いたことのない変な音が出た。訳もなく可笑しくなって、そのまま二人はしばらくの間お腹を抱えて笑い合った。  漸く落ち着き、改めて相手の顔をじっと見つめる。と、ふと我に返ってイエイヌは恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。「そ、そう言えば…あの、どちらさま…でしたっけ。」そう、興奮しまくってすっかり忘れていたが、まだ目の前の人物が誰なのかも聞いていない。キュルルの近しい人物である事である事は間違いないのだが…。  「やだなあ、イエイヌちゃん。この前バイバイしたばかりじゃない。あたしはともえよ、と、も、え!」
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