けものフレンズ2−R2

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 これは、ずっとずっと、遥か遠い昔の話。  連日来園者で賑わうジャパリパーク。だがもちろん、パークの広大な敷地には、観光客が滅多に立ち入らない場所がいくらでもある。ここは、そんな辺境の地に作られた、とある施設。  周囲を高い塀に囲まれ、夢の国らしからぬ無骨なコンクリートで作られた建物、その一室で、中年に差し掛かったと思しき一組の夫婦と、白衣を纏い、長く黒い髪の毛を黒ゴムで結んだだけのシンプルな出で立ちの若い女性がテーブルを挟んで向かい合っている。  「今日、ここにお呼びしたのは、お二人の意思を最終的に確認させて頂くためです。」静かに話を切り出す若い女性。テーブルの上に置かれたコーヒーは三人分、いずれも口をつけられないまま、静かに天井の無機質な明かりを反射している。  「肉親を亡くされた悲しみは、私も痛いほど身に覚えがあります。しかし…」話を続けようとしたその時、男の方が右手を挙げて制止して言った。「存じております、カコ博士。私どもは今日まで、何度も何度もその事について話し合いを重ねてきました。考えられる、ありとあらゆるサンドスターに関する研究論文、仮説を読み、理解を重ねてきたと自負しています。」  「あの子が、決して娘の代わりにはならない事、充分に承知しているつもりです。」今度は妻の方が口を開く番であった。「パークの外には一歩も出られない事、そして、あの子が成長した姿を見る機会も永遠に得られない事も、全て理解しています。ですから、私たちは全ての仕事から手を引き、パークに家も買いました。ここに骨を埋める覚悟は出来ています。」  「…わかりました。」カコ博士と呼ばれた女性はゆっくりと頷き、緊張をほぐすかの様に、口元をわずかに緩ませて言った。「私がここで、サンドスターの研究に没頭するようになった理由も、実のところ貴方がたと全く同じなんです。亡くなった両親に一目会いたい。例えそれが…」一瞬言い淀むが、意を決したように言葉を継ぐ博士。「例えそれが、偽りの姿だとしても、です。」  「ご存知の通り、サンドスターは動物をヒトの姿に変える力があります。しかし、私はサンドスターの力は、まだまだこんな物ではないと思っています。既に、実在の確認されていない…」  「ツチノコ、ですね?日本の神話的な生き物だ。」  「ええ、流石によくご存知ですね。まだアブストラクトも発表していないと言うのに。」僅かに驚きの表情を浮かべながら、カコ博士は目の前の男性を、改めてしげしげと見つめた。強い意思が視線に漲っている。ふと、その姿に、優秀な研究者であった亡き父親の面影が重なる。思わず目を逸らして博士は続けた。  「サンドスターは間違いなく、ヒトの持つ強い意志に反応しています。そして現代のテクノロジーを用いれば、フレンズの素体となり得る依代を作る事は造作もありません。動きは元より、涙液などの分泌物、果ては体臭までも…」  「欠けているものは魂。そして、その元となるものは、ヒトの強い想い。」誰に言うでもなく、カコ博士の言葉を引き取って夫が呟く。  「私たちが普段信じているものとは、真っ向から対立する考え方かも知れません。それでも…」夫の言葉を継いで、妻が決定的とも言える一言を発した。「例え神と素手で殴り合いの喧嘩をしてでも、私たちはもう一度、あの子をこの手で抱き締めたいのです。」  長い、長い沈黙の果てに、夫は再び口を開いた。「私たちが他に知っておくべき事は、何かありますか?」  「ああ、いえ、別に…いや、でも…」珍しく歯切れ悪く口ごもるカコ博士。思考の回転に言葉が追いついていない。一つ小さくため息をつくと、再び冷静な口調で話しはじめる。「サンドスターの研究はまだ、本当に端緒についたばかりです。これから私がお話しする事は、あくまでも私の仮説ですが…」
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