2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
Change and Constancy
「それ、もういらないんじゃない?」
彼女はさらしをほどく手を止めない。
「2019年よ。女が道を歩いていても誰も文句は言わないよ」
するり、と取れた布を畳むと、私を見てどこか皮肉っぽく笑った。
「確かに君の言うことは尤もだけど、そうもいかないからね。やっぱり女に思われるのは、現代でも都合が悪いよ」
「そう。今まで大分変わったけど、そこは変わらないのね」
私はテーブルの上の紅茶を飲む。
「夜に紅茶飲んでいいのかい?」
「あぁ、これ、カフェインレスよ」
「へぇー。そんなのあったんだねぇ」
「ある意味技術進化、かな。最近の技術の進化はすごいね。100年前とは大違いよ」
「100年前って何があったっけ?」
「1919年……戦争が終わった年ね」
「そうだっけ?」
「ええ。1919年6月28日、ヴェルサイユ条約が調印されたよ。新聞読んだの覚えてない?」
「流石に日時までは覚えてないよ。記憶力悪いから」
「そう?」
「うん。僕が覚えているのは、とある家族の旦那さんが、もう2度としないと誓ったのに、また不倫してて、専業主婦で3人の子どもを持つヒステリーの奥様に恨まれている、ってことくらいかな」
「……別に悪くないじゃない。今回のターゲット?」
「そう。この仕事してると週刊誌いらずで助かるよ。浮気と殺人とドロドロは、いつになっても、醜い人間の最高のゴシップだね。笑える」
僕はエッグ・ノッグ飲もうかな、と彼女はブランデーと牛乳を取り出す。
「そこは変わらないのね」
「変わって欲しいの?」
「できれば」
「あはははは! 多分無理だと思うよ。残念!」
「どうして?」
「しっかりと自分を持たない人間は、他人をこき下ろしたくなるものだからさ。そして、この世界にはそういう人間がごまんといる」
「確かにそうだけど」
「本当にウツクシイ人は一握り……もいないね。そういう意味で、君は非常に珍しいよ」
「それはどうも」
彼女はすまし顔で、湯気の上がったカップを掲げた。私も笑って、掲げ返す。
「……変わらないでね」
「言われなくとも、私は私のままだよ」
「多くの人は、そうもいかない。だからそこは変わらないんだろうね」
私は寂しさを隠せないまま笑った。一方彼女は屈託のない笑みを浮かべたまま、口の端を蔑むように歪めて、窓の外を見た。
「変わることっていいことだと思う?」
彼女はカップをテーブルに置き、ソファに座る。私の隣。いつもの場所。
「ものによるよ」
「じゃあ変わらないことは?」
「わからない。比べようがないもの。いいか悪いかって、何かと比較する必要があるでしょ? ずっと同じ、っていうのは安心できるけど」
「……そっか。あぁ、そうか」
「……何?」
「可能性があるのは、いいことだね。それにずっと同じ、それじゃつまらない」
「それにあり得ない」
「そうだね」
「いつも希望と恐怖が混じってるのは、その時にはそれがいいことか悪いことかわからないからかな」
「そうね。誰も知らないことだから。でも、この世にわかりきっていることなんてない。そんなの、自分が死ぬことくらいだよ」
「……最大にして最後の変化だ」
「そうね」
最初のコメントを投稿しよう!