通行止め

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通行止め

 しばらく歩いていると、河が見えてきた。  河の手前では何人かの人が集まり、テントを広げ野営支度をしているように見えた。  パルサは「ふむ」と何かを考えこむ風に手を組み、グドにマントを被るように伝えると、グドは身体を縦に揺らし、すぐに荷物の中から大きなマントを取り出して頭から被った。  これでグドの顔を見られる必要はない。パルサは特に気にしないが、グドの容姿は時に他人を、そして自分をも傷つけることがある。無用な争いは避けるべきだ。  グドも、そのことに関しては理解があり、大人しくマントで鼻先まで隠してくれた。  パルサは集団に近付き、一番外側にいた男性に声を掛けた。 「すみません、皆さんはここで野営をするつもりですか?」  男性は億劫そうに振り返り、パルサとグドを見て眉を顰める。 「いや、好きで休むつもりじゃねえよ」 「と、言うと?」 「それより、あんたもこの先に用があるヤツかい? 見たところ、同業者には見えねえが」  質問を無視された挙句に、質問を返され、更には訝し気に目を向けられたが、パルサは不快に思うことなく、寧ろ、その質問が嬉しくてたまらないといった風に笑みを浮かべ、背負っていたキタラを腕に抱き、弦を弾いた。 「俺は旅芸人のパルサ、行く先々の町や村で芸を売っている。で、後ろにいるのは俺の護衛兼荷物持ちのグド。俺を雇いたかったら半銅貨十枚からだ」 「……安いな」 「安いか? 一曲に付き半銅貨十枚、二曲歌えば安い宿一泊分だ。ちょうどいいと思ったんだけどなぁ」 「はっ!? 一日半銅貨十枚じゃなく、一曲半銅貨十枚はぼったくりだろ!!」 「世紀の美少年による美声は安売りできないからなぁ」 「阿呆が。いくら自分の顔に自信があるからって、原価も考えられねえ人間が商売するんじゃねえよ」 「分かってないなぁ、オレのような美少年の歌がどれだけ希少か分かってないだろ?」 「知るか! 大体、普通の旅芸人が半日舞台に立たせてもらって貰える給金が半銅貨三十五枚。その間、二十曲以上歌っていると想定すると、一曲に付き半銅貨一枚と鉄貨七十五枚になる。もし、お前の言う美少年価格があったとしても、一曲半銅貨三枚が妥当だろ!」 「オレはそこまで安くはない」  きっぱり言い切るパルサに、男性はこれ以上は何を言っても無駄だと悟り、話しを切り替えた。 「ハァ……。もし、この先にどうしても行かなきゃいけない用がないなら目的地を変えた方がいい。この前の豪雨で橋が流されちまってね。みんな、ここで足止めを喰ってんのさ」  男性の指さす方向を見ると、なるほど。  こちら側と対岸側に丸太のような杭が二本ずつ立っているというのに、間にあるはずの橋が見当たらない。  今の水流は穏やかと言うには流れが速く、濁流というには流れは激しくない。  ただ、身一つで渡ることは不可能だというのは汚れた水の色で、一目で分かった。 「修理にはどれくらい掛かるんだ?」 「それが分かったら苦労しないさ。一応、近辺の村には報告したが、奴さん方、自分たちの暮らしに精一杯で直すことはできない、中継地点の町に言ってくれって丸投げさ。その町へは、すでに報告済みだが、未だに大工の一人も派遣されねえんだよ。困ったもんさ」 「その割には、随分と落ち着いているな」 「……いやな言い方すんなよ、こういうトラブルには慣れっこなんだよ。俺たちみたいな根無し草に構ってくれる珍妙なやつ、この世界のどこにも居ねえんだ」  不貞腐れるような、現実見ているかの物言いに、パルサは目を細め、口端を上げてキタラを鳴らした。 「それじゃあ、時間は腐るほどあるんだろう? 特別に聞かせてあげるよ、あなたの言う“ぼったくり”の歌を……」
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