見捨てない存在

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見捨てない存在

 パルサは指を動かし、旋律を奏でる。  優しく心に響くような懐かしい音色をーーー。 『永遠の終わりに涙1つ  始まりはすぐ側に来ているから不安はない  過去と 未来と 現代と  時代を生きる全ての生命(いのち)に祝福を  忘れることはない 消えることはない  我らは皆 血の通う兄弟だから  この小さな星に生まれ落ちた 同じ時を生きる兄弟だから  恐れることはない 絶望することはない  共に歩んでいこう 明日を 今を信じて……  夢を見るのは子供時代  現実を見るのは大人時代  前を向き 後ろを向き  未来を信じるのは自分自身  背中を押され 背中を押して 共に行かんと足を出し  枝分かれする道で左右に分かれてまた紡ぐ  我らは皆 血の通う兄弟だから  この小さな星に生まれ落ちた 同じ時を生きる兄弟だから  恐れることはない 希望を胸に抱けばいい  一人でも歩んでいこう 明日を 自分を……  母なる海と、父なる空に抱かれし 大地なる子供  我らは生命の尊さに感謝する  忘れることなかれと 言葉を紡ぐ  愛おしさと 尊さを胸に生きるのさ  きっと見つかる忘れることない  我らは皆 兄弟  信じて前を進んでいこう   』  高い音を響かせて、パルサは弦を止め、頭を下げる。  いつのまにか聞き入っていた周りの人々から拍手喝采が沸き上がった。  パルサはニッと笑みを浮かべて男性に問う。 「……で? これでもオレの歌は半銅貨一枚?」  男性はハッと我に返って首を左右に振り、自分の頬を流れている水滴に気付き愕然とする。 「……いや、これは半銅貨十枚の価値が確かにあるな。たかが音楽一つで泣いちまうなんて、格好悪いな」 「格好悪くなんてないさ。それだけオレの歌声には価値があるんだ。後、仕事だと、これに踊りが付くんだぞ? さすがに歌だけで半銅貨十枚にはしないって」  パタパタと手首を振るパルサに、男性は背筋がぞっとした。 (あの歌だけじゃないのかよ!? ヤベエな、こいつ)  自分で豪語している通り、美人だし、歌も綺麗で、踊りもできるというなら、彼の価値は格段に跳ね上がる。 (遊郭に売ったら、銀貨十枚はくだらないだろうなぁ)  ゴクリと生唾を飲み込んだ瞬間、辺り一面に轟音が鳴り響いた。 「は、へ?」 「ん~~? どうかしたのか、グド?」  皆が怯えている中、パルサだけは後ろを振り返り、グドに向かって手を伸ばしている。  グドは深くかぶったマントの中から「フーーーっ、フーーーーっ」と荒い息を立て、地面に拳を叩きつけては、グドの拳一つ分くらいの窪みを作っていた。  男性は腰が抜け「ひいっ!」と短い悲鳴を上げた。 「大丈夫だ、グド。ここにはお前の敵はいない、だから落ち着け、落ち着け」  パルサがグドの頬を撫でてやると、グドの荒息が収まっていく。 「な、ななな、なんなんだ、そいつは!!」 「グドはオレの護衛だから、オレに危害を加えようとするやつを許さないんだ」 「き、危害って……」 「思っただろ? オレのことを売り飛ばしたら金になるってな」  笑みを浮かべるパルサだったが、その瞳はどこまでも冷たく笑っていない。  男性が再三、悲鳴を上げたところで、パルサは明後日の方向に顔を向けた。 「お、来たみたいだぞ」 「へ?」  複数の蹄の音が轟き、だんだん近づいてきている。  先頭で馬を操るのは、癖ッ毛だらけの白金色の髪に蒼い瞳をした青年だった。優し気な表情に笑みを浮かべ、大きく手を振っている。 「パルサー―ッ! 久しぶりーーっ!!」 「ミルキさん、久しぶり」  青年――ミルキは手綱を離し、馬から飛び降りてパルサの前に着地した。  ミルキの乗っていた馬は後方からやってき兵の一人が手綱を掴み、操って大人しくさせる。  やけに手馴れていた。 「本当に久しぶりだね、元気にしてた? すっごく心配していたんだよ?」 「ミルキさんは相変わらず、心配性だな」 「大切な君にもしものことがあったら、って思うと放っておけないもん」  むうっと頬を膨らませるミルキに、パルサは「ふはっ」と笑い声を立てた。  ミルキはパルサよりも五つ年上だし、背も十センチ以上高いのに、気が弱いところーーいや性根が優しいせいで少しばかり子供っぽいところがある。  代り映えのないミルキの姿に、パルサは嬉しく思った。 「そうだ、用件を聞こうと思っていたんだ。緊急みたいだったから急いで駆け付けたけど、どうしたの?」 「ああ、実はこの河の橋が、一昨日の豪雨で流されたんだけど、周辺の村や町が修理に難色を示して直そうとしないらしいんだ。だから、ミルキさんの力を借りようと思ったんだ」  ウインクをして先を促すと、ミルキは「なるほど」と手の平に拳を打ち付けた。 「確かに、ここに橋がないと他国からの輸入品が滞ってしまう可能性が高い。しかも、この道は隣国の中でもミロル王女がいらっしゃるムンフロウ王国への道に近い!! ミロル王女への貢ぎ物が遅れるなんてあってたまるかあっ!! グレイス隊長! ただちにこの橋の修理の手配を!!」 「はっ!!」  ミルキの放した馬の手綱を持っていた男が敬礼し、別の人間に手綱を託して踵を返して元来た道へと駆けていった。  ポカンとした間抜け面をしている男性は震える腕を持ち上げて、ブツブツと何かを呟いているミルキを指さした。 「あ、あんたは一体……」  ミルキはハッと思考の海から帰還し、片手を胸に当て笑みを浮かべた。 「ルナイト王国第二王子、ミーシャリオル・キリアム・パメラ・ルナイトと申します。名前は長いのでミルキと呼ばれています」 「おっ!?」  パクパクと餌を求める金魚の様に口を開閉し、顔を青くする男性に、パルサは短く息を吐き前に出た。 「んで、オレの歌のファン三号。オレの歌は王室御用達なんだぜ?」 「はあっ!?!?」  男性が言葉を紡げないでいると、ミルキが不満の声を上げる。 「ええ~~、僕が三番目?」 「ああ、一番はジェルさん、二番はルアン、んで、三番目」 「むぅ~~、その人選じゃあ、僕が不利じゃないかぁ」 「むしろ、この人選しかないだろ。皆、王子様なんだからさ」  子供のように駄々を捏ねようとするミルキを片手で押さえながら、パルサは完全に意識が飛んでしまっている男性に目を向けた。 「あ、やべぇ。刺激が強すぎたかな? おっちゃん、大丈夫か?」  ペチペチと男性の頬を叩いてやると、男性は何度か瞬きをした後、深い溜息を吐いた。 「王子様に会える日が来るなんて、な……」 「だって、おっちゃんが言ったんだろ? 『俺たちみたいな根無し草に構ってくれる珍妙なやつ、この世界のどこにも居ねえんだ』って。……いるよ、少なくともこの国には三人ね」  パルサがWサインを作ると、男性は苦虫を齧ったように柳眉を下げて笑った。 「……そっか」 「そうだよ」  他の部下たちにも指示を出すミルキの背中を眺めながら、パルサは男性の言葉を肯定した。  腐らなくても良い。  例え、相手が根無し草と呼ばれ、各町々で厄介者として扱われていた人間だったとしても。  ミルキを筆頭に、この国の王子たちは決して民たちを見捨てることはしないからーーー。
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