王宮編

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 夏の間は、熱いため全員が薄着になり、兵も略装となる。重装の甲冑などを着て立ちっぱなしの警備をしているのは、熱くて無理だからだ。  王宮では特に噴水が拡張され、普段の石畳にも水が流され涼を求めるのが通例だった。この時、この王宮の行いのために王都では深刻な水不足が起きる。神殿側から供給される水路はかなり余裕があるのだが、王宮を経由している水路は枯渇し、貴族の館でも水不足が深刻化する有様だった。  後にサシャが奉公した屋敷も、夏は毎年水不足で希少化しており、位の低い彼にとっては飲み水にも苦労する現実があった。  マムフェにとってはそんな実態も遠く、水の王宮となった涼しさに目を奪われた。学舎の普段使われていない溝もきれいに掃除され、王宮から流れてきた水が川瀬となって過ぎていく。  使用人たちは土が乾かないように荷車で水撒きを行う。荷車の底には小さな穴が開いており、水が適量ぽたぽたと垂れて地面を潤す仕組みだった。  草は生い茂り、森は深い霧をたたえるほど水に満たされた。マムフェはその中、待ち合わせにいつもの通り進んでいた。去年の森でもこの霧は体験している。初めは驚いたが、今は息を吸い込むと少し冷たい空気に満ちている森の涼気が好きだった。  滑りやすい森の道を行き、いつもの泉に出る。静かなそこは光にあふれ清浄で、夏の涼にふさわしい空間だった。夏の間、背の低い柔らかな草が茂り、ライセンは厚手の敷物を持ってくるのが通例となっている。  敷物にすわり、二人でただ話をする。  手をつないで、時には抱き合うこともあったが、ライセンはそれ以上の事をかたくなにしようとはしなかった。  マムフェは性に関する知識がないので、誘いようもない。されるがままに、手を触れ合わせ、時に抱きしめられ、心地よさに浸るくらいだった。  フェイが道を速足で駆けてくる。夏の間は地面が滑りやすいので、山の中をライセンは使わない。9刻の待ち合わせの名目ではあるが、今はほぼ8刻に二人とも顔を合わせていた。だんだんと、会うのが待ち遠しくなり時間が自然と早くなってしまった結果だった。  ライセンはフェイから身軽に降りると、マムフェを抱きしめる。会えなかった時間を埋めるように、しっかりと抱きしめた。  夏の間の薄い衣は抱きしめると、相手の熱も伝わってくる。  それがとても気持ちよかった。 「この辺りも霧が深くなってきたね。こんなに水が豊富にあると、夏も涼しくていいね」  霧は時間帯によって、深くもなる。ライセンは何も言わず、草の上に厚手の敷物を敷いた。そしてマムフェを呼び寄せ、座って腕の中に抱きしめるとホッとしたように泉を見つめる。 「ここは宮中の森だから枯れていないが、夏は沢山の森が枯れる。それ以上に人々の生活で使う水が少なくなり、飢える者も出てくるし、頓死する者も多くなるから王都も荒れる。心配事が多い季節だよ」  淡々と語られた現象は、マムフェが住んでいた元の茶のコミュニティには、あまりない出来事だった。あの辺りは水に苦労している印象がない。 「そうなの?あまり僕はそういう光景を見ていないんだ。なぜだろう。僕の家は王都のはずれのあたりなんだけど。方角で言うと、東の端でどちらかといえば神殿に近く、赤毛の者たちも住むような所で、治安は悪くもないけれどいいわけでもないんだ。王宮とはまるで違うけれど、水がなくて死んでしまう人はいなかったと思う」  ああ、というようにライセンは頷いた。それは、まさに王都が抱える現象そのものだった。 「あの辺りは神殿が保護政策をしているから、優先的に神殿から水が回されるエリアだと考えていい。問題は王宮に近いエリアで、商家や貴族の館に住む使用人たちまでは水が回らないんだ。神殿はかなり豊富に水を持っているが、王宮のエリアとは袂を分かちたがらない。神殿側の水路と王宮側の水路はつながっていないんだ。私は王宮の水を少し城下に回したらどうかと、毎回進言しているんだが…この豊富な水量で涼が得られているのも事実だからね。王宮にいる者たちの健康が第一だと言われれば、確かにそうなんだけど」  苦笑すると、ライセンは愛し気にマムフェの頬に頬を寄せた。ライセンのどことなく清涼感のある香油のにおいに包まれ、マムフェは幸せな気持ちになって笑いをこぼした。 「僕、最近王都周辺の地図を見たけれど、王都周辺は神殿の禁域がずっと東に大きく広がっていて、川は北側の離れた所に流れているほかはなかったと記憶しているんだけど」 「そうだよ。私のマムフェは記憶力もいいね」  頬を合わせたまま、ライセンも幸せそうに少しばかりおどけて答える。 「この水はどこからきているの?」 「その東の禁域から、王宮用の水路が引いてある」 「じゃあ、この水は神殿からきてるの?」 「そうなんだよ。だから、神殿に向かってもっと水をよこせと言っても、もう十分渡していると突っぱねられてしまう。強気に出て元から止められてしまえば、飢え乾くから大きくも出れない」  マムフェは困ったように、眉を寄せた。 「じゃあ、使う量を少なくするしかないね…」  ライセンが笑いながら、マムフェを抱きしめる。 「そうなんだが、私は北の川から水を引いてもいいと思っているんだ。神殿に頼ってばかりだから、結局あれもこれもと制約が出てくる。かなり巨大な事業になるから、莫大な事業費も必要だけれども、成人の祝いとして父上に奏上してみようかと思っている。ついでに建設官に志向するつもりでいるんだ」  マムフェは目を輝かせて、ライセンを下から見上げた。その余りにも可愛らしいしぐさにライセンがほほ笑む。 「じゃあ、将来その巨大事業を自分の手でやりたいっていうことなの?すごい!僕も一緒に水路を建設したいよ。ライセンの水路で王都に水が満ちたら凄い幸せになれるよ。僕、すごく頑張れる。僕も建設官になれるように頑張る!」  ライセンは心の中が、満たされ、幸せが溢れてくるのを感じずにいられなかった。愛しさを込めて抱きしめ、相手と一緒にいられる時間に耽溺する。気持ちがあふれて、わけもなく涙が出そうなほどうれしい。 「じゃあ、私とお前の水路にしよう。皆を幸せにする水路に私たちの名前を付けよう」  少しばかり震える声で、この気持ちを残せる計画を打ち明ける。 マムフェは笑ってライセンに頬ずりした。 「ライセンの成人祝いなのに、僕の名前なんて入ったら怒られてしまうよ。僕は小さなことでも携われたら、うれしい。だからその為に今から頑張るよ」  なんてかわいらしいのだろう。なんて愛しいんだろう。  ライセンは幸せで笑った。 「マムフェ、こんなに嬉しいことはないよ。じゃあ、本当の名前はこっそり二人で書こう。ライセン・マムフェ水路と。本当の名前は二人しか知らない。そうしたら怒られなくて済むだろう?」 「うん」  くすくすと笑いあって、二人は名案だと幸せを味わった。  その様子を遠くから静かに見つめる視線があったことにも気づかずに。  終の日とは、7日の曜日を指す。この日は宮中で詮議があり、週の出来事を振り返り報告を受ける。会議ではなく、詮議とされるのは罪状の報告に終始し、叱責し改めるからだ。  つまり、よくない報告をここで一気に片づけてしまう場面でもあった。  初めの日とされる1の曜日には、会議があり詮議の内容を受け、新たなる週を刻んでいくと共に、他の方針を含め話し合われる。  詮議は王族の参加のみならず、様々な訴えを調べ合わせた罪状もあらわにされるため、貴族、一般の者たちの出入りも多い。出入りは一切制限されなかった。  詮議に名前を出される者は、その証拠をもって罪をあらわにされる。証拠の審議を含め、証人が名を連ねる。その証人は、第三者としてそれを保証でき、証拠をもてるものとされた。  姦計で陥れるためには、証拠の審議も含めて騙さなくてはいけない。逆に真実であれば白日の下にさらすことができる。  時には上官とて、下官に訴えられればその地位をなくすため、非常に人気があるものだった。  ある意味、ここで名前を出されるということは、不名誉極まりないといえる。  ライセンは詮議を行う大空間に入ったところで、姉たちの妙な視線にすぐ気づいた。大広間には人がひしめき、貴族たちは代々用意されている椅子に座り、王族は正面に王を中心として、継承位順に左右で席を埋めていく。  姉の後ろを通る際、紙をさりげなく渡されライセンは静かに受け取った。同じく不穏な空気に気づいていたガイエは、苦い表情で、「気を引き締められよ」と耳打ちすると近衛たちの席に向かう。ライセンは自分の席に着くと、しつらえてある机の下で姉に渡された紙を見つめた。  流麗な文字で、「トゥーンによる詮議訴えあり」と書かれていた。  隣に座っていた第三王子の兄が、かすかに笑う。 「お前、トゥーンを袖にしたんだって?詮議訴えとはトゥーンも馬鹿なことをしたもんだね」  第三皇子は、髪を喉元のあたりできれいに切りそろえ、右耳に大ぶりの宝飾をしている端正な男だった。芸術を好み、時には王宮の演目の演出もしている。コミュニティには当然、役者のような者たちが多かった。  ライセンはため息交じり姉からもらった紙を握りつぶすと、ガイエに向かって放る。受け取り内容を確認した近衛は、苦々しい表情を隠さなかった。それを服の内側にしまい込む。 「兄上のコミュニティにトゥーンを入れてくださればよいのです。相手が変わろうと、皇子のコミュニティに入れれば彼は満足でしょう」  おやおやというように、第三皇子は笑った。 「トゥーンはお前を訴えて、それでどこに向かいたいのだろうね」 「私には判りかねます」  腹立たしいのを隠さず、憮然とライセンがいらえると第三皇子は笑った。 「あの者は先が見えていないのだ。こんなことをしても、お前が振り返る訳がないと解らない。その盲目は、恋ゆえか、愛ゆえか。憎しみでこんな詮議を起こして、あとから泣くのはあの鳥だろうに」 「兄上の演目にでもしたらよいのでは」  吐き捨てるようにライセンが告げるのと同時に、中央の両扉が開き王と叔父が現れた。第三皇子は笑いながらそれ以上は話さず、口を閉ざした。  叔父は王位継承6番目となる。現王の血筋が王位継承権上位になるからだ。それでも過去は第2の王位継承権を持っていたことから、誰もが一歩引く存在だった。むろん、王位継承権だけではない。叔父は時に無謀な事柄や、暗黙の了解を平気で破る破天荒な所があった。 「ここに詮議を述べるものは、己が血肉にて正義を問うものなり。常世のためにと身を投げうつものなり。鞭でたたくべからずや。 ここに詮議を受けうるものは、常日頃の己が行いを嘆くものなり。正道に背きしは、これ厄なり。詮議を受けるべし」  王の言葉によって、詮議がはじまる。ライセンは息を吐きだすと、今日詮議を申し立てたものたちが、小さな扉から入ってくるのを見つめた。  背を低くしなければ通れない扉は、頭を垂れて真実を述べる為だと言われている。窮屈そうに扉をくぐってくるものの中で、トゥーンは演出のように軽やかなしぐさで扉をくぐると、羽を広げた鳥のように美しく羽ばたいて見せた。  ふわりと衣が舞い、大広間にひしめき合っていた者たちはどよめいた。ライセンの隣で、第三皇子がこらえきれないというように笑いをこぼす。肩を震わせ笑いをこらえている兄の横で、ライセンは怒りを通り越し、冷めて呆れるだけだった。  人の視線を集められればそれでよいのか。  詮議となれば、自分と交わした書状の約束事を含めての訴えだろう。幼いころに交わした約束事を持ち出して、公衆の面前でこちらを攻めてくるだろう相手に、ライセンは情の一つも無くなった。  詮議はトゥーンの登場もあり、前に控えていた幾人かの訴えは何故か手早に終わっていった。多くの者たちが無言で、この騒ぎをどこか楽しんでいたのかもしれない。当人を除き。  トゥーンが詮議として訴えのために椅子から立ち上がると、大広間は緊張した空気が張りつめ、静寂があたりを覆った。  その中を平然とトゥーンは進むと、王の前で優雅に礼をとった。 「トゥーン。そなたの訴えは何そ」  王の問いに、トゥーンは体を伏せたまま、前を見た。そしてライセンをちらりと見やる。 「私は多くの方がご存知の通り、ライセン皇子をお慕い申し上げておりました。8歳の時に彼のコミュニティに入るという文書を取り交わしたのも、お慕い申し上げていたが故にです」  ここで、王は静かにため息をついた。既にライセンがトゥーンをコミュニティに入れないと決した騒ぎは、誰の耳にも入っている公然の事実だった。むろん、王の耳にも。 「8歳の子供が、まともな分別があるとは思えん。そなたがこの文書取り交わしに関して、ライセンを訴えるというのであれば、コミュニティ内には留まれど愛のない存在となるだけだ。疎まれ、嫌われてもライセンのコミュニティに入りたいという願いか?」  ここでトゥーンはやや気圧されたように、王を見つめそれから傷ついたように目を伏せた。 「私はただ、心配なのです。ライセン皇子は学舎に通うマムフェという者と、非常に懇意な関係にあるようですが…」  ここで、ライセンは苛立たしさのあまり、大きなため息をついた。非常に懇意も何も、トゥーンに責められる理由は一つもない。 「そなたの心配は、ありがたく貰っておくがライセンが誰かを望んでいるのは、そなたに関係のないことだ。ライセンのコミュニティはライセンが決める。そなたに文句を言う権利などない」  王がハッキリと告げる。王は叔父の子であるトゥーンをよく思っていない。それもあり、実に歯に衣着せぬ言葉だった。ライセンは幾分かほっとし、ちらりと王の方を見た視界の端で、叔父が実に不快な表情でトゥーンを見つめているのに気づいた。  いつも何処となく掴みどころのない叔父が、感情も露わに自分の息子を忌々しげに見つめるのは滅多にないことだった。  逆に書類について王と言い争いになる可能性もあると思っていたが、反応はまるで違っている。  トゥーンは王の言葉に、はくはくと口を開いては蒼白になり次の言葉が出てこないようだった。  広場の中にはざわめきが広がり、トゥーンを笑い出すようなさざめきさえ起きだしたとき、一人のものがゆっくりと立ち上がった。  証人席から立ち上がり、一人の女性が進み出る。  茶色の髪を奇麗に編み込み、華美ではないが確固たる地位にいる威厳が彼女にはあった。もう少し年が行けば老年とも言えるだろう。 「トゥーン様がうまく言葉を紡げないようですので、代わって私が申し上げます。トゥーン様は、ライセン皇子が愛する方と巡り会えたのは、良いことだと思っておりましたが、相手がどこのコミュニティにも属していない『迷い子』であるのを知り、ライセン皇子にとって良くないことが起きるのではないかと心配召され、天命術でマムフェという者とライセン皇子の未来がより正しいものであるのか、調べられたのです」  黒の者のコミュニティから、茶の者が生まれた場合など、上位コミュニティから下位の子供が生まれた者は忌子とされる。  対して、茶のコミュニティなどからマムフェのように黒の者が生まれた場合は、迷い子と称された。  女性は静かにトゥーンのそばに立つと、王を見据えて話し続ける。  大広間は静まり返り、皆が彼女の言葉を聞いていた。 「トゥーン様は、勿論皇子の未来に幸多くあるのを見て、ただ納得されたかっただけに過ぎません。ですが、天命術の結果が余りにも良くない卜であったため、このように詮議の訴えとさせて頂いたのです」 「なんと…」  王は天命術と聞き、言葉を失った。  天命術とは、光り輝く中では目視出来ない特殊な光を見て、その運命を知る方法である。可視では見ることが出来ないため、特殊な建物の中でのみ、その光を確認できるものだった。  その歴史は古く、1000年は軽く超える。そのうえ、神殿にはこの天命術をもって日照りや豪雨、嵐などをはじめとした様々な現象を事前に察知する力があった。  神殿から警告される天命術を用いて占われた天災は、外れることがない。それどころか、人の運命さえも神殿はきれいに占って見せた。  つまりは、ただの占いにとどまらず未来を予測できる一つの手段であったのだ。  誰もがそれに重きを置き、頼るのは当たり前ともいえる。  神殿の技術には遠く及ばないものの、宮中でも天命術を使って日ごろから何事も確認する風潮があった。むろん、コミュニティの未来を占うことをはじめとして、人と人の関係も多く占われた。  概ね、卜が悪いと出ても何かをすれば、これを回避できるなどの目的で使用されるため、否定で終わる訳ではなく対策をせよ、とされる。  誰もが天命術に必要な生まれの日時と場所を、きちんと公的文書に残すのはこのためだった。  マムフェの存在を知り、トゥーンはライセンと彼の未来を知りたくなったのだろう。越権行為なのは間違いがない。  ただ、問題は今ここで証人として現れた女性が、宮中で一の実力を持つ天命術の術師であることだった。  天命術を行う者たちは、その卜についてむやみやたらに嘘を言うことはしない。  それだけ、卜が重要視されていることを知っていると同時に、自分たちの存在に誇りを持つ集団だったからだ。  女性は静かに二枚の紙を王に差し出した。  円の中に、天命の点がいくつも打たれ、12分割された円錐の線と交わっている。  王は渡された紙をすかして円で重ね、線を合わせた。  紙は特別に薄い仕立てのもので、重ね合わせると二つの点がいくつも交わることから二人の未来を見ることが出来る。  王はしばらくこれを見つめていたが、やがて一つうなると近衛を呼び寄せ紙を渡す。近衛は受け取った紙を、王位継承権6番目の席に座る叔父のもとに運んだ。  叔父は眉間にしわを寄せたまま、紙を重ね合わせ光に透かして見た。そして、次には首を振ると机に紙を置いた。 「このようなことを、宮中の天命師が判じたところで信頼が得られるとは思いません。私はそこなトゥーンの父親。私情が混じると判断される事もありましょう。私が天命術長であるとはいえ神殿の結果にかなわぬのは明らか。神殿に依頼をするのがよいかと思われます」  ライセンは叔父の進言に思わず立ち上がった。 「宮中の天命師はどう判断したのですか!」  叔父は眉間にしわを寄せたまま、何も言おうとしない。その中で再び口を開いたのは天命師だった。 「マムフェという者をライセン皇子のコミュニティに入れれば、大きな災いあり、と」  途端に大広間は大きなざわめきに包まれた。ライセンも呆然と天命師を見据える。それを止めたのは叔父だった。 「まて。私が見るにそんなに簡単な卜ではない。神殿に使いを出して正確な結果を乞うべきだ」  叔父の声は凛と大広間に響き渡った。こういう時があるからこそ、叔父は憎まれるのだとライセンはしみじみ感じずにはいられなかった。  だが、今はそれも救いの手に思える。 「父上、私からもお願い申し上げます」  ライセンの声に、王は息を吐きだすと頷いた。 「早馬を出し、神殿に天命術を占えと伝えよ。マムフェなるものと、ライセンの天命が知りたい」 「承知いたしました」  近衛が応えると、すぐさま大広間を出ていく。  王はライセンを見てから、やれやれというように笑った。末の息子がかわいくて仕方がないという表情だった。 「この詮議は当のマムフェという者も必要だろう。呼んでくるがよい。神殿から結果が届くまではおそらく2刻程度。それまで詮議は中断とする」  王が疲れたように立ち上がると、続いて皇子、皇女たちが立ち上がった。そのまま隣室につながる部屋へと引き上げていく。  ただ一人残った叔父は、天命師とトゥーンを手招きすると、別室へと去っていった。それを見送った大広間では残された者たちが口々にさんざめき、大きなどよめきが沸き起こっていた。
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