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王弟は差し招いた自分の息子、トゥーンと天命師を部屋に入れると優雅に用意されている小机に寄った。
部屋はさして広くはなく、王族の者たちが控えの間として使う外は、細々とした事務に使われる場所だった。8メートル四方の部屋の中心にあった小さな机を怒りのあまり、王弟は手で払っていた。
細工の美しい小机は床を転がり、すさまじい音を立てる。途端に王弟警護の近衛たちがわらわらと部屋に入ってきた。トゥーンは蒼白になって端まで飛びのいて身を小さくし、天命師は恐れたようにその場で平伏する。
入ってきた近衛は黒の者たち7人と、茶色の者1人。
「クロエとカイネスはこれに。後の者は下がれ。机は修理に出すように」
片方の足が、やや内側を向いてしまった机を持って黒の近衛たち6人が出ていく。
王弟は静かに椅子へ腰を下ろし、近衛は扉の前で警護するように控えた。トゥーンは壁にへばりついたまま恐怖も露わに父親を見つめる。天命師は床に平伏したまま、ピクリとも動かなかった。
「さて、トゥーンよ。此度のマムフェを詮議するとした今回の入れ知恵、誰からのものか言うがよい」
トゥーンは蒼白のまま、なるべく父親から離れるように壁際で平伏した。
「こ、此度のことは、父上に迷惑をかけるつもりは、な、なく…」
「私が聞いているのは、誰がお前に天命術を使え、と入れ知恵をしたのかと聞いているのだ。そこの身の程を知らぬ、まともに天命も読めない思いあがった与太者か?」
天命師はビクリと体を震わせると、ますます身を低くした。王弟はその才能を余すことなく、万人を平等に扱うが、同時に恐ろしく非情な面もある。黒の者だからと罪を減じたりもしないし、茶の者だからと評価を下げることもない。自分の息子であろうと、天命術の素晴らしき術師であろうと容赦なく罪を問う。
トゥーンは恐怖のあまり涙を零しつつ、切れ切れに訴え始めた。
「は、はじめは、誓約書を使って、ううう、訴えるつもりだったのです。ライセン様はことのほかマムフェという者に心を奪われていると、ほ、報告が、きたので」
王弟は静かにカイネスをみやる。それを受けて近衛は返答した。
「同コミュニティのライルが、トゥーン殿に頼み込まれライセン皇子を見張っていたと先ほど自供しました」
王弟とトゥーンは同じコミュニティに所属しているが、このコミュニティは70人程度の男女が在籍するコミュニティだった。大規模コミュニティとまではいかないが、中規模ではある。
このコミュニティは王弟が成人したと同時に、王族から自立して作ったコミュニティだった。彼の信奉者たちがこぞってコミュニティの所属を願い出、その中でも選りすぐりの者たちが所属している。
特に学識や武術に優れたものたちも多く、中に所属する子供には英才教育がなされていた。
にもかかわらず、トゥーンはこのありさまだったが。
ライルは詮議を見ていたに違いない。そして成り行きを見て、すぐさまカイネスに自供したのだろう。隠す方が為にならないと理解できる頭脳と、技術が彼らにはあった。
「なるほど、ライルに自分を振った男を見張らせ、そしてその結果を得た。だが何故お前は誓約書ではなく、天命術という所にたどり着いたのだ?お前の頭脳では到底及びもつかぬ、実に巧妙で現実的な手段だ。天命術が読めるものでなければこんなことは考えもつくまい。なぁ?天命師ルルカよ」
床に平伏していた女性はそのままで、ガタガタと震え始めた。
「父上、ライルのほ、報告を受けていた時、ラダトスクがその場にいたのです。そ、そしてトゥーン様は誉れ高き王弟リィン様の血を引くもの、ライセン様との縁組であれば、て、天命術もこれはただしきと示すに相違ありません、と。
そ、そそ、それを聞いて、ルルカに頼んだのです。天命術を見てみたいと、そ、そう思ったのです!出所の怪しいものが、正しい天命であるはずがない!事実、正しくなかった、た。
ルルカ、ルルカがこれは天にまれなる凶相、災いありと…あのものマムフェは出自も怪しく天命も凶の者、ラ、ライセン様を心配して、世を心配して、うううう、ったえたのです!」
ブルブル震えながら、トゥーンは説明を終え、緊張で気持ち悪くなったのか何回か咳をした。
「なるほど…」
王弟、リィンは肘掛にひじをつくと、何かを考えるように壁際で這いずっているトゥーンを見つめた。
美貌には修羅の表情が浮かんでいたが、同時に熟考を始めたのか顎に置かれた指が爪を撫でるように動いている。親指でほかの指の爪を撫でるのは、よくよく物事をリィンが考えている時の癖だった。
誰も何も言わなかった。それが半刻も過ぎたころだろうか。静かにリィンが口を開く。
「天命術師ルルカは、本日この時を持って蟄居を命ずる。天命学を一からやり直すがよい。お前の慢心は害である。トゥーンはしかるべき縁組を授ける。同じく蟄居し沙汰を待つがよい。クロエ」
呼ばれた近衛は、扉の前で居住まいを正した。
「学舎長を急ぎ呼んで来い。証人に立たせる」
「はっ!承知いたしました」
部屋から音もたてずにクロエが出ていく。その中で蟄居を命じられたルルカは、処分が下されて幾分か安心したのか、顔を上げてリィンを見た。
「恐れながら、リィン様はどのようにあの天命を読んだのですか?私にはまったくの異相、稀なる凶相としか読めず…特にマムフェという者の相は、見たこともないような天命点の動き。それに合わせてライセン皇子は大きく運命を変えていくように思われました」
リィンは、ふむ、というように息をつくとカイネスへ手を差し出した。主人の意をすぐさま察したカイネスが、懐から丸まった紙を取り出し渡しに行く。
丸まった跡がついてやや見難い天命図を、リィンは重ねて窓からの光に翳した。そしてしばらく眺めていたが、かすかに笑う。
「これを読み解くのは簡単なことではない。ましてや流動的な定め。しかし、お前の言う災いなどではない、もっと神意による相が見える。おそらく神殿は神意に関して読み解くことはしまい。神殿にとって、神意をみだりに人へ教えるは、罪に等しきこと。大天命図などの細かい天命図を持って、これを占おうともさしたる言葉は出てこないだろう。お前が言葉にしてしまった定めは、深く重い間違いであり、神意あるものを貶めることになる。お前が災いの種をまいたのだ」
リィンはそう告げながらも、心の中でそれもまた神意かもしれぬが、と思う。
定めが動き始めたのだ。いくつもの歯車が、一度嵌れば2度と後戻りできぬように多くの物事が一気に回りだす。
ルルカは、リィンの言葉に蒼白になって震えだした。
「こ、この世に災いをもたらしたのは…私…」
「天命術の結果は人の運命をも変える。神殿がもたらす結果が、そなたの言葉を覆せばよいが。
そなたの慢心は害でしかない。読み解けないのであれば、そういえばよいが、解けないものを勝手に思い込みで違う結果にしてしまっては、天命術を行う意味がない。恥を知れ」
「リィン様、それくらいに」
ルルカがこのままだと、自害しかねないと判断したのだろう。カイネスがそっと進言する。ルルカは床でブルブルと震え、トゥーンは石像のように固まって、もはや動けないようだった。
「トゥーン様、ルルカ殿。リィン様が命じられたのは蟄居だということを、身に染みてご理解ください」
カイネスが自害しないよう、重ねて注意を促す。
「カイネスを置いて、後の者は下がれ」
二人はうまく立ち上がれないようだった。見かねたカイネスが部屋を出て近衛を連れてくる。引きずられて二人が去ると、リィンは立ち上がり窓辺へと歩み寄った。
ガラスの窓を大きく開き、空気を入れる。
「変革の時が来たのだ。もはや後戻りはできない。……カイネス、お前は何があっても生き残れ。生きてすべてを見届けよ」
リィンが笑みをこぼし、窓際で満足そうに告げる。カイネスは主人の理解しがたい命に一瞬逡巡の表情を浮かべたが、次には片膝をついて頭を垂れる。
「承知いたしました」
リィンは何も言わず、満足そうに中庭の緑を見つめた。
マムフェは部屋から案内され、出たところで意外な人物に出会った。
学舎長は部屋から出てきたマムフェを見て、心底安心したような表情を浮かべた。そして、肩をたたく。
「リィン様より使いが来たんだよ。まさかライセン様の詮議でそなたが呼ばれるとは思ってもいなかったが、そなたには全くびっくりさせられる」
責める気など毛頭ないのだろう。学舎長はマムフェの心配しかしていなかった。
自分の息子のようにかわいがり始めていたマムフェが、ライセン皇子とも関係があったとは。しかし、この美貌ならば致し方がないと、どこかで思う。
「学舎長様、申し訳ありません」
マムフェはしおれた花のように青くなり、項垂れた。
「マムフェ、この世は理不尽で時に過酷で、不公平なものだ。だが、何かを得れば必ず何かを失うものなのだよ。それはこの世の理。そなたには色々な厄災も、この先降り注ぐことがあるだろう。その時役に立つのは己の力だ。絶望に打ちひしがれ、自由を失った時でも己を信じて、前を見なさい。投げ出してはいけないよ」
学舎長は詮議の内容を知っていて、マムフェにそういったのだろう。マムフェはそれを聞いて、はいと言うことはできなかった。
ライセンの事を諦めることができない。誰よりもそばにいたいと願った相手を、簡単にあきらめることなどできない。
マムフェの様子に、学舎長はそれ以上何も言わなかった。例の詮議管理官長である文官が扉の前で二人にうなずく。そして、彼は扉を開けた。
中に通されたマムフェは、大広間に山のような人々が居るのを見て目を見開いた。中二階、中三階までぎっしりと人々が集まり、妙な熱気が渦巻いている。床は美しき文様が刻まれ、天井はすべてガラスに覆われて明るい日差しが降り注いでいた。
人々はマムフェの顔を見ると大きくどよめいた。
その中、文官が案内するように前に立ち、先導していく。大広間の中心に近い場所に、一つ置かれた椅子があった。
そしてその前には、目にも鮮やかな者たちが座している。明らかに他の人々とは一線を画した、華やかな者たちだった。
中央に座っている厳めしい顔をした老年に差し掛かった者は、王だろう。一目で地位が解る簡易の王冠、額飾りが光の中輝いていた。
左右に座している者たちは3人ずつ。一番右端に、まさしく皇子然としたライセンがいた。その姿を見つけて、一瞬こんな状態なのにマムフェは会えた喜びに、胸が高鳴る。
それはライセンも同じだったようで、眼差しが柔らかくなる。
ライセンばかりを見ていたマムフェは、文官に促され一つだけ置かれた椅子に座ったところで、左端にあの恐ろしくきらびやかで美しい男性を発見し、驚きに言葉をなくした。
まるで自分を見ないマムフェを、面白く眺めていたのだろう。
自分に気づいたマムフェに、彼は優しい笑みを浮かべる。
「詮議を始める」
中央の王が朗々とした声で告げる。
途端に、美貌の男は冷たい仮面をかぶった。そしてゆっくりと辺りへ告げる。それはとても明瞭で説得力がある美声だった。
「神殿の結果を聞く前に、私から報告がある。訴えを起こしていたトゥーンとその証人であるルルカは体調不良により、この場を欠席する。故に、トゥーンの父親として、また、天命術長官として私が代行の任に当たる。陛下、了承いただけますでしょうか」
途端に王族の者たちは冷ややかな視線を、叔父に向けた。真打登場かという非難だったが、王は仕方がないと判断したのだろう。
「致し方あるまい」
「感謝いたします。さて、そこなマムフェなる者がどのような者であるのか、学舎長を呼びました故、説明させますがそれもよろしいですか」
王は不快そうに、一度唸ったがため息をついた。
「確かに必要であろう。許可する」
学舎長は証人席から歩み出ると、マムフェの隣に立った。そして、王族へ深く一礼する。
「私は黒の第一学舎で学舎長をしております、トカイと申します」
黒の第一学舎とは大貴族よりも身分は劣るが、中流貴族コミュニティの者が多く所属する。将来、王宮に勤める官僚を多く輩出する学舎の一つだった。マムフェがそこに配されたのは、迷い子の受け入れを行っているのがこの第一学舎であったからに他ならない。
神殿に付き従う黒の学舎も存在するが、こちらは代々神殿勤めの家柄の者たちが多く、コミュニティも王宮とは完全に分かたれる。神兵になる者を始めとして、神殿が影響している物事の多くを彼らは処理していた。
「此度はマムフェが詮議に呼ばれ、胸の内が乱るる思いであります。彼は幼くも非常に優秀な生徒であり、迷い子であれども、リィン様に日頃のご後見をいただき、今後の人生に幸多からんことを期待せしむる人物であります。天命は動かしからねど、それ故に読み解くのもこれまた困難。あるいは、みだりに人の天命を語るは由々しき事なりて、これを憂う気持ちでございます」
学舎長は、ハッキリとこの詮議そのものを危惧し、天命術を用いて人の命運を語り裁くのはよからぬことだと言ってのけた。
同時に彼が、王弟リィンに後見される特別な子供だと告げたのである。
ざわり、と大広間の空気が人の声で揺れる。中でも一番狼狽したのはライセンだった。王弟の後見がついているのは、寝耳に水だ。
当のマムフェも、この場で初めて王弟リィンが後見についていると露にされて、心中乱れる思いだった。確かに、彼には後見してもらっていたが、その正体は露知らず、大貴族だとどこかで勘違いしていたのだ。
複雑な表情でマムフェはリィンを見つめていた。その視線を受けてリィンが口を開く。
「貢献していたが、それは私の正体や地位を露にしたものではない。彼の人生に幸多かれと願っての、わずかな貢献に過ぎない。季節ごと、成長に合わせた服を二月に一度ばかり送っていた。他は、彼の人生を縛るものではない。彼はコミュニティに属しておらず、困窮していた。それを、わずかばかり助けたに過ぎない。ライセン皇子と幸せになるのであれば、私はそれを祝福するだろう」
途端に、広間にはリィンを称賛するようなざわめきが沸き起こった。ライセンは複雑な表情で叔父を見つめ、王は猜疑心もあらわにマムフェを見つめた。
今や完全にこの場を支配しているのは、王ではなくリィンだった。宮中に於いてこのような事が度々起こる。その度に王と王弟の仲は悪化していくが、真の王は王弟であると同時に思う官たちも増えていくのだ。
ライセンはこの流れに、恐怖を感じずにはいられなかった。王は王弟が絡むと途端に、判断よりも敵対心が上回る。
今までその心の動きに、何ら問題を感じたことはなかった。自分が王弟に対立する側であったからだ。トゥーンの契約書をはじめとし、トゥーン自身を含め幼少から煮え湯を飲まされてきた王弟に怒りがある。
だが、マムフェを王弟が関わったばかりに、敵だと判断されるのであれば、これは違うとライセンにははっきり言えた。
マムフェは飾らず穏やかで、好奇心が旺盛な非常に頭のいい少年だ。
「陛下」
ライセンは静かに声をかけた。息子の呼びかけに、苦い表情で父親が振り向く。
「陛下、マムフェは心根のよい、穏やかで、非常に頭のいい、優れた人物です。私の唯一の相手であり、私の心を満たす愛しき者です。今生で巡り合える唯一の人です。彼と共に、陛下の忠実な臣となり、二人で盛り立てていきたいと幾度も話をしている仲なのです。
今は迷い子ですが、陛下がリィン殿に代わり改めて後見になってくだされば、私のコミュニティに入るにも、支障が減ると考えます。
同時に、陛下もマムフェがどのような者であるのか、お知りになる良い機会が得られると存じ上げます。どうか、マムフェが私のもとに来ることをお許しください」
息子に懇願され、いくらか頭が冷えたのだろう。王はマムフェをじっくりと眺めた。確かに秀でた少年であるのは間違いなさそうだ。たぐいまれな美しさは、ただそこにいるだけでも非常に目を引く。
マムフェはじっとライセンをみつめ、そしてライセンもその視線を受け止め放そうとはしなかった。
二人の絆がどれほど深いのか、それだけでも見て取れる。
「うむ。では神殿の結果をこれへ」
王が促すと、証人席に座っていた一人の男が立ち上がった。白づくめの神殿服には空のような青色で細かな模様が縫いこまれ、結い上げた髪は黒く長く音もなく歩く姿は、人の目を否が応でも惹きつけた。
王族とは違う、華美な装いは全くないものの、荘厳な気配を重々とたたえた美しき人だった。
彼は王に筒を差し出す前に、口を開いた。
まるで歌うがごとく、言葉を紡ぐ。
「いとありがたし天命なれば、これ、えことわらざりき。わづかばかり、えことわりし言、奏上奉り給えばこれ以上のものはあらず」
マムフェの隣に立っていた学舎長が、静かに言葉を口にする。
「とても珍しい天命だったので、これを判断することができなかった。僅かばかり判断できた言葉を書いて、これを奏上するが、これ以上のものは望めない、と言っている」
学舎長の訳は、多くの者を助けた。恐らく王もその一人であったと思われる。受け取った筒を開き、丸め重ねられた三枚の紙を取り出す。
広げられた天命図は、先ほど宮中の者が作ったものよりも、はるかに精密で紙も大きく、記された点も多かった。
ライセンの大天命図、マムフェの大天命図と続き、最後に同じ大きさの紙を王は見て、目を見開いた。そして、読み上げる。
「『光なし』」
その紙にはただ一言、『光なし』とだけ書かれていた。
ライセンが顔色をなくして立ち上がり、王の後ろへ行き紙を覗き込む。
大きな紙の中央に、ただ一言、光なしとだけあるのを見て、ライセンは必死で天命図をめくり、裏表を返した。紙をもぎ取られた王は、息子のあり様を痛々しく眺めながら、息をつく。
「ライセン、マムフェをそちのコミュニティに入れることは、まかりならぬ。これすなわち王命なり」
静かな宣告がなされ、余りのことに静まり返っていた大広間が、一斉にざわめきだす。ライセンは茫然として王の手から奪った、一枚の紙を見つめていた。
「……ライセンよ。おぬしの気持ちも解る。だが、成らぬことは成らぬのだ。こらえよ、こらえるのだぞ」
ライセンだけに聞こえるよう、王が息子へ言い含める。その言葉は全く聞こえていないようだった。
「では、マムフェを私個人のコミュニティに迎えるとする」
大広間に、まるで落雷の如くリィンが宣告し、すべの者たちはピタリと口をつぐんだ。奇妙な緊張が支配する空間で、ライセンが鬼のような形相でリィンを糾弾する。
「冗談ではない!今回の詮議はあなたの息子が、起こしたことだ。マムフェを私から奪うための、計略だったのではないか?!天命術を使って騒ぎを起こせば、私とマムフェに障害が訪れると知って、騒ぎを起こしたのだろう!」
今にも殴り掛かりそうになっているライセンを、近衛たちが必死で止める。その様子を悠々と見つめ、リィンは椅子から立ち上がった。
「まさか。神殿の結果を私は事前に知りもしなければ、あなた方の関係も全く知らなかったのだから、あなたの言うことは暴論で言いがかりというもの。しかし、よく考えてもみなさい、ライセン殿。天命術でこのような結果が出たマムフェを、だれが喜んでコミュニティに引き入れるというのでしょうか?神殿さえも読めない命運の者を、あなたが受け入れないというのであれば、他に誰が?」
ライセンは歯ぎしりをしてリィンを射殺すように見つめた。
「私はマムフェを諦めない!このような天命術などで、諦められるはずがない。彼は私の唯一の人なのだ。私の、心底、望んで望んで、ともに人生を過ごしていきたい人なのだ…!」
ライセンは怒りながらも、涙を流していた。マムフェは震えるまま、声もなくいつの間にか流れる涙を止められないでいた。
自分もそうだと叫んで、ライセンの側にいきたいと心から思う。だが、それを押し留めるように学舎長が肩に手を置き、マムフェの動きを制していた。
自分が騒いでも、何一ついいことはないと頭の中ではわかっている。それでもライセンの側に行きたかった。
「僕は、どこのコミュニティにも入りたくありません。ライセン様のコミュニティに入ることができないなら…僕は、一生一人で構いません…!」
震える声で、マムフェが言葉を紡ぐと、学舎長がいさめるように肩へ置いた手に力を込めた。
「やめなさい。詮議中の言葉は記録になって残るもの。今感情のあまり安易に将来を語ってはなりません」
学舎長が耳の側で警告を発する。
王が息子の激情と、マムフェの言葉を聞いて大きくため息をついた。
「王命により、マムフェは王弟リィンの個人コミュニティに入るものとする。異議は認めぬ。速やかにマムフェはリィンのもとへ縁組し、縁を結べ。
ライセン、そなたはしばらくおとなしくしておれ。騒ぎは許さぬ」
マムフェは茫然として立ち上がろうとして、学舎長に抑えられた。
「いや、嫌です!」
「父上!なぜですか、神殿の結果は理解もできぬ一言ではありませんか!マムフェを叔父上の元にやるなど、おやめください!」
「詮議を終える!」
王が宣言すると同時に、リィンの近衛クロエが学舎長に抑えられているマムフェの元により、有無を言わさず抱き上げた。それを見て、ライセンが猛り狂う。
必死で追いかけようとするのを、近衛たちが抑え込んだ。リィンは大騒ぎの中カイネスを呼び寄せると、耳の側で指示を出した。
「ルルカに私とマムフェの天命術を見た卜を、こう記させ、速やかに公示させよ。『天命により、同じコミュニティに縁付く定めの二人である』と」
「承知いたしました」
リィンは床に抑えられているライセンを一瞥し、静かにその場を後にした。
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