王宮編

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 日に三度ほど、同じようなことが繰り返された。その度毎にマムフェは香油を出してもらえるのが待ち遠しくてたまらなくなった。  出したくて、出したくてたまらない下半身の重さが、あの出せる安堵を思い出すと疼くような感覚にとってかわる。  中をさすって、指で広げられ、ぐちぐちと内壁を擦られるたびに蕩けて下半身が重くなる。じぃんと広がっていく感覚はとてつもなく心地よく、リィンの来訪が待ち遠しくて仕方がない。  たぽんたぽんと揺れる腹の中が、同時にあの感覚を連れてくると覚え始めていた。  浅い息を吐きながら、リィンの来訪を待つ。広い部屋を見つめていると、一点を凝視しているのが難しくなり、ゆらゆらと視界が揺れた。何かを思い出すことよりも、身体の感覚だけが頼りだった。  リィンがきたら、あれをまたしてもらえるのだ。そう思うとぞくりとしたものが背中を駆け抜けていく。ぶるぶると尻が震え、出さないように閉じている入り口が、じぃんとしびれた。  こつこつという足音に、涙で潤んだ視線を上げる。そこには薄手の衣をまとった美しい男がいた。 「いい子だね。よく待っていた」  ベッドのそばに来て、マムフェをやさしく褒める。マムフェは震える体を起こして、膝立ちになろうとした。 「出して…」  甘い懇願をする。  指が入って、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるとそれだけで、中から香油がぽとぽとと落ちる、あの感覚がたまらない。  中を擦られて、広げられると、じぃんと下半身がしびれ、甘い波が訪れる。もっと擦って、もっと広げてほしい。いますぐほしい。  何時ものようにリィンの肩に手をついて、中を擦ってもらうと考えただけで身体が震えた。 「今日は道具を使うよ。四つん這いになってごらん。もっと奥まで掻き出してあげよう」  言われるがままに立ち膝になろうとしていた身体の向きを変え、緩慢な動作で四つん這いになる。自分の横で四つん這いになったマムフェの尻元へリィンは移動すると、ベッドの横にしつらえてあった引き出しを開いた。  中から大小の玉がいくつも寄り集められいびつな棒となっているものを、取り出す。20センチほどの長さがあり、石で作り上げてあるそれは一つ一つの玉が、色々な石で出来ており、集められ練り上げられていた。  持ち手になる部分は、和状になっており、とりわけ栓のように一つ大きなラピスラズリの玉がその前にはあった。  震えて香油を出してもらうのを待っているマムフェの背を、リィンが撫でる。 「ぁ…」  それだけで、マムフェは声を上げ身体を震わせた。  つるりとして、ほくろ一つもない肌を撫でていると、まるで何も知らないペニスがぷるぷると震える。包皮からむき出しになったばかりだと、何をしても痛い。  まだ触れるようになるのは先だろう。  下腹を撫でるとそれだけで、マムフェはひくひくとアナルを震わせた。ピンク色のすぼまりが卑猥にうごめいている。  リィンは笑みを浮かべて自分の指を待ちわびているそこに、指を這わせた。飲み込むように、つぷりと指先が入る。  途端に、入口からつっ…と香油がこぼれた。 「あぁ…」  とろけたような声を出し、四つん這いの姿勢のままマムフェが無意識に腰を揺らす。もっと、と声もなくねだる有様がかわいらしく、リィンはゆっくりと指を中に入れていた。  そして、香油をかき回す。 「あ、あ…、あぁ…」  指が動くたびに、マムフェは小さな喘ぎ声を漏らしていた。膝立ちになっていないため、香油はそれほど漏れ出ていない。それでも、中を刺激されるとぷるぷると尻を震わせ、マムフェは小さな喘ぎをこぼしていた。  やがて二本の指をしっかりと飲み込み、けなげな穴がきゅっとすぼまるようになった。自分の指を舐めるように飲み込むマムフェのアナルに、リィンは性欲をあおられ発散するように、ふっと息をついた。  性交するには、まだまだ未熟な身体だ。快楽というのは、簡単に覚えられるわけではない。一つ一つ教えられ覚えて行くもの。  まったく真っ白の状態を、自分の色に染めていくのはたまらない愉悦だった。  健気に自分の指を飲み込み、舐めるように動くアナルが実にかわいらしく、いじらしく、いやらしい。  ぬぽぬぽと動かすと、指に合わせてマムフェが喘ぎを漏らす。  三本の指を飲み込むと、指の合間から香油がしたたり落ち、華やかな花の香りをあたりに振りまいた。  王族の者たちはそれぞれ別の香油を使い、残り香でもそこに誰がいたのかが解るものだった。性行為の時には、自分の同性個人コミュニティの者たちにも同じものを使用する。  肌の交わりが深ければ深いほど香油は相手に染み込み、香りでどれだけ愛されているのか解る一つの象徴だった。  マムフェにはリィンの華やかで艶やかな沈丁花の香に近い、その匂いが染み込み始めていた。  じゅぷじゅぶと音を立て、指を動かすたびにマムフェが身体を震わせ、ときにはのけぞらせてシーツを掴む。白い肌は桃色に染まり、汗がにじんでいた。  きもちいい、もっと、もっととそればかりがマムフェの頭の中にあった。リィンの指が内壁を擦る度に、気持ちよさは大きくなっていく。初めての時よりも、ずっと今のほうが気持ちよくなれる。  くぃとリィンの指が内部で折り曲げられると、電気が走るように脳まで快楽がピンっと押し寄せる。たまらない刺激だった。  リィンが指を引き抜くと、ぽたたた…と香油がたれ、せつなそうに穴が蠢いた。そこに道具の棒をあてがう。  ぼこぼことした凹凸に、桃色のアナルがひきつるようにほころんだ。押し込められ、石の冷たさに驚いたらしいマムフェが、びくっと身体を震わせて声を上げる。  ぎゅっと棒を食い占め、桃色の穴がすぼまっているそこは、香油を滴らせる道具のしっぽが卑猥に伸びていた。 「いい子だね、奥の香油を取り出してあげよう。力を抜いてごらん」  ぽたぽたと香油をたらし、道具の先端を食んでいたそこは、リィンに押されて棒をゆっくりと飲み込んでいく。 「や、怖い…奥…」  指よりも奥へ、奥へと棒が進んでいくにしたがって、マムフェが身体を震わせる。リィンは無理に押し込まず、逆に棒を引き抜きにかかった。 「ああんっ」  途端にマムフェがびくんと身体を跳ね上げた。体の中に入ってきた棒は、リィンの指よりも太く、凹凸が沢山あり刺激が大きい。何よりも出入り口が、広がり、すぼまりを繰り返すと甘くしびれるような感覚がもたらされる。強引に抜き出される感覚は、じぃんとした波を呼び起こした。  それでも、石の冷たさはどこか怖かった。どこまで入ってしまうのか解らない。  リィンは構わず、次にはずるりと棒を入れる。声もなく、はくはくとマムフェは息をこぼし、棒が香油の滑りを借りてぬぷぬぷと出入りする感覚に身体を震わせた。  リィンは急がず、緩やかに棒の出し入れを繰り返しながら、そのたびにじわじわと奥へと犯していく。  マムフェは初めての感覚に、声もでないまま身体を震わせた。シーツをぎゅっと握りしめ、自分の体の中で、でこぼこの冷たい何かが出入りしている感覚を追いかける。  出口のあたりを、予想もつかない凹凸で刺激され驚いて食い占めると、中で石がぼこぼこと壁を刺激する。強引に出される感覚は、香油が出ていく安堵感に近く、出し入れされるたびに甘い波が押し寄せ、じぃんと腰がしびれる気がした。  中を棒がこすっていくたびに、ぴくぴくと太ももが震える。  やがて、怖がっていた奥まで棒は犯していた。リィンは大きな玉の一歩手前まで飲み込んだ桃色の穴がひくついているのを眺め、かすかにほほ笑む。  奥の感覚はゆっくりと慣らしていくものだ。  棒を小刻みに動かすと、マムフェは、あっ、あっと声を漏らし涙さえこぼした。それを見て、ぐっと棒を引く。 「ああっ」  香油をまとった棒が、ずるずると引き出されてくる様は、卑猥だ。 「いい子だね。今日はこれを入れたまま眠ろう」  ずずず…とリィンは棒を奥まで押し込み、やがて大きな玉までぐっと押し込んだ。桃色の入り口がひろがり、ずっぷりと玉を飲み込んでいく。  奥の奥まで棒に侵されると、身体に芯が入ったようだった。しかも、内壁が自分勝手にずりずりと動き、その凹凸からもたらされる感覚がどんどん深くなっていく。  そこで、ひどく入り口が開かれたのは、とてつもない刺激だった。  大きな球がずるんと自分の中に入り込み、性器の裏側が凸凹の石で刺激され、奥を柔らかく突かれるたびに感じる甘い感覚が一気に深くなる。  ひぅと喉を鳴らして、震えたマムフェを見てから痛みがないことを確認し、丸い待ち手を少し引くと、玉を飲み込んでいる健気なアナルが震えていた。  リィンはベッドサイドに置いてあった懐紙でマムフェの身体を拭き、香油をぬぐうと涙目になっている少年を抱き寄せた。  ぷるぷると身悶えている口元に、甘露を含ませる。  奥まで入り込んでいる異物感にわなないていたマムフェは、やがてリィンの腕の中ですぅすぅと寝息を立て始めた。  リィンは王宮の北側に広大な私有地を持っていた。北側は荒れ野であり、不毛の地である。民家も少なければ、生活している者たちも殆どいない。これは、戦乱の名残とも言われる土地だった。  広大で不毛な荒れ野は、戦を行うのにもってこいの場所である。珍しいことに、王宮は砦のような役割をしており、城下町はその腹の下に囲われるような場所だった。  位置的に、一番守りの厚い場所にあるのは神殿である。  幾度の戦乱が起きたと伝えられる北の地は、今でも少し掘り起こせば骨や剣が簡単に出た。土は乾いて硬く固まり、風が強く吹くと細かい砂が裸の木を打ち付けるように舞い散る。  植物はほとんど芽吹かない。赤い土が続いていく荒れ野は、すさんだ歴史も土の中に内包していた。  リィンは王宮に近い一部の土地に高い土台堀を築き、様々な死骸と枯れ葉を大量に持ち込んだ。その土地を高い塀で囲い、他者の侵入を許さず隔離された場所にした。  死体の上に大量の枯れ葉を敷き詰め、王宮で出た下水の一部を引き込んで大地をひたひたと潤す。申し訳程度に土が上からかけられた。  あまりにも凄惨で異臭のする現場に、リィンの悪行のページがまた一枚刻まれたのは言うまでもない。だが、それから約15年。さまざまな植物をリィンは持ち込み、植えて立派な薬草園を作り出していた。  当時、死体としてその多くを埋めたのは、鶏だった。鶏の羽は様々な用途で使われるため、養殖されていたのだ。だが、黒の者たちはその肉や卵を口にしない。彼らは土をひっかき、糞をして土壌を耕し育つと死体は捨てられ、羽は売られた。  今でも薬草園の隣には養鶏場があり、羽が売られている。  かなり広い薬草園の土壌を築くにあたって、相当な養鶏場も併設していたが現在は、1/20にも満たない規模に縮小されていた。  今は使われていない名残のような養鶏場の一部に塔が設置され、伝書鳩が行きかう場所になっている。  空から一羽のハトが羽音も高く舞い降りてきた。晴れている空がまぶしく、夏の日差しが激しく辺りを照り付け、鳩の羽が作る陰影がくっきりと地面に描かれる。それを確認した赤毛の飼育員はすぐさまその鳩を捕まえると、足に括り付けてあった筒から手紙を抜き取った。  小さな紙の宛先を確認すると、中を確認せず急いで塔内を下り階下を目指す。地面に降りると、夏の日差しがカッと照り付け、同時に豊富な湿気が様々な草木の間からゆらゆらと立ち上っていた。 「リィンさま!手紙です!」  手を振りながら飼育員が草木の間で、実を摘んでいるリィンのもとへと走り寄る。飼育員の中でリィンは出会った時恐ろしい人だという印象しかなかったが、今ではそれほど怖い相手だという認識はない。  近衛も汗をかきながら、ちまちまと小さな実を摘んでいるさまは遠くから見ると少し笑えた。  王族という高貴な者が農作業をしている傍ら、やるせない表情で付き合う近衛たちが周りを固めている様子には不思議な滑稽さが醸し出されている。  ぶんぶんと手を振って手紙を運んでくる飼育員に、リィンは畑から優美に立ち上がった。  つられて立ち上がった近衛たちへ、リィンが静かに言い放つ。 「お前たちは実を摘みなさい」  声に出さずとも、うんざりという表情で近衛たちは農作業を続けた。  飼育員から手紙を受け取り、中を確認するとリィンはかすかに笑った。 「わしも、実を摘みますか」  高貴な近衛がこのような場所で農作業させられているのに同情し、飼育員が申し出るとリィンは艶やかにほほ笑んだ。 「大丈夫ですよ。日ごろから彼らは厳しい鍛錬の中で体を鍛えていますから、農作業くらいで音を上げません」 「我々が鍛えているのは、護衛の腕と生活の補佐業務ですよ」  すかさずクロエが零す。 「私の補佐業務に農業が含まれていないと、この状況で言いたいのか?」  王族に近衛がつくのは当たり前だったが、実質侍従も兼ねており生活の大半を共にする。主人の生活補佐も彼らの大切な役割だった。主人が農業をするなら、自分たちもするしかない。農業をする王族など、リィンの他にいようもないが。  クロエは大きなため息で不満を露にするだけにとどめ、苦い声で問いかけながらも小さな黒い実を摘んだ。 「何の連絡でしたか」  リィンもしゃがんで農業に戻りつつも、いらえる。 「ライセンが侵入者として捕まった。今は闇の牢獄に置かれているらしい」  ぺこぺこと頭を下げて去っていく飼育員の影が、遠ざかっていく。 「闇の牢獄とはこれまた。あんなところに仕置きでも入れられたことがないでしょうに、気狂いになったりしたら面倒ですよ」  ぶちぶちと黒い実を摘み取り、筒にいれつつもクロエは全く宮殿に帰ろうとしない主人を見た。 「どうやら騒いで仕方がなかったようだ。頭を冷やすにはちょうどよかろう」  光のない空間を忌避するものは多い。特に黒の者は、闇を恐れ嫌う。牢にでさえもきちんと窓がしつらえてあるのは、気狂いを防ぐためだった。  その窓が一切ない闇に、ライセンを閉じ込めたというのだ。 コミュニティの者たちもリィンの影響を色濃く受け、その思考は実にドライである。  今回の捕り物にはコミュニティの者たちも参加したことから、騒ぐのであれば放り込む事にしたのだろう。 「しかし、王位継承権を持つ王族ですよ。今まで闇の中になど入ったことがないでしょうに」  黒の者は一週間も光に当たらないでいると衰弱し、死に至る。闇は実際に死へ直結しているのだ。閉じ込められれば、死の恐怖を他者よりも感じるのは当たり前のことだった。 「あれは廟に入ったことがある。暗闇は初めてではあるまいよ」  平然と作業を続けるリィンにそれ以上食い下がることなく、もくもくと近衛の者たちは実を摘んだのだった。  暗闇は二度目だった。  一度目は、光玉が唯一の明かりとして、周囲を水の底のように照らしていたが、真の暗がりでは大して役にも立たなかった。  大闇の中、ぼぅとそこだけがともる明かりは、深々たる恐れを感じさせた。それが奥まで、ぽつぽつと続いていくあの異様な光景。  廟の階段を下りて行ったあの恐怖を思い出し、ライセンはぶるりと体を震わせた。あそこに比べれば、ランプの明かりしかないここには、生き物の気配と光の気色が満ちている。  光がない場所は、死の恐怖をもたらす。生活では感じえない、真の恐怖だ。  マムフェに会わせろと騒いでいたライセンは、ここに閉じ込められ闇に怖気を覚え静かになった。そして、この2週間混乱していた思考が死の戦慄によって、すっと治まっていくのを感じていた。  廟の中、足元さえもおぼつかない中階段を一歩一歩下がっていったあの感覚を思い出し、身体が冷えていく。  頭も冷えていた。  やがてこの部屋の外は廊下であるのに気付いた。速足で往来していく音、動転したように話しながら去っていく声。パタパタと騒がしかったそれは、やがて諦めたように静かになった。  だが、入り口のあたりに人の気配がある。  見張りだろう。その存在に、ライセンは安堵の息を漏らした。廟とは違う。あの人の気配すらない、真の暗がりではないのだ。  2刻を過ぎたころ、ライセンは自分の近衛であるガイエを案じた。この2週間彼が問題を起こさないようにと、近衛の者たちは必死で行動を押しとどめてきた。  今冷静になってみて解るが、自分を部屋に押しとどめるのも大変な事だったろう。ガイエに至っては手傷まで負ってしまっていた。  ライセンが壊して脱走しようとしたガラス窓から無理に手を出し、主君を押し留めたためだ。  ガラスが散る中で、出てこうとするライセンを必死にとどめるガイエは、鬼の形相だった。王から決して問題を起こすなと厳命され、事実上の蟄居だった彼を一番案じ、一番押し留めていたのは彼だった。  皆が疲労によって生じた隙をついて、ライセンは叔父の宮殿に来たのだ。出入口は手薄で、見張りの気配も薄かった。何も考えずに侵入した所で、何処にいたのかも不明な者たちに取り押さえられていた。  マムフェの名を必死に呼び続ける彼を、ここに押し込めたのだ。口々に何かを言われていたのはわかるが、それを全くライセンは聞いていなかった。  だが、頭が冷えてきた今、叔父の宮殿に侵入し、捕らえられたのは王族同士の軋轢にもなりかねない火種だと気づき始めていた。  叔父と父の関係は悪い。問題を起こしたライセンを父は叱る程度にとどめるだろうが、責任を問われガイエは下手をすると手打ちになる可能性もある。あの忠実な部下は、きっと何も言わずにそれを受け入れるだろう。  やがて、廊下を大人数の足音が満たし、出入り口の者が何かを報告するように話している気配がした。  叔父が来たのだとライセンは直感で悟っていた。  それを証明するように、扉が開く。外からさす光は強く、ライセンは目がくらんだ。その中を優美なしぐさで叔父は歩んでくると、近衛の者たちを指先をあげるだけで留め一人で部屋に入ってきた。  扉が閉まる。  小机の上にある小さなランプの炎だけが、石作りの部屋を照らしていた。叔父は平然と小机のそばに置いてある椅子に腰を下ろすと、ふっと息をつく。  この叔父は驚くほどに美しい男だった。髪は艶やかに長く、結い上げている留め具は宝石をふんだんに使ったもので、彼が動くとシャラシャラと音を立てる。  まるで名工が作った楽器のようだと、時折ライセンは思って眺めるときがあった。あまりにも美しく、あまりにも優美な楽器は、ひとたび音を奏で始めると、平然と人を陶酔させ、地獄へもそれと気づかせず平気で連れていく。  父と異腹なれども血がつながっているとは、到底思えぬほど不思議な人物だった。今も平然と闇を恐れず、ライセンを前に座っている。  黒の者なのに闇を恐れもしないのだ。 「ライセン、お前はマムフェをさらってどうする心算だったのだ」  リィンの声は、闇に沈むかの如く滑らかだった。嘲りもなければ、怒りもない。問いかけにライセンは息をついた。そして、言葉にならず唸る。  ライセンはもともと身綺麗で、華やかな青年だった。それが、今は見る影もなく髪も乱れ、ひげが伸び、目元には深いくまが刻まれている。  縛り付けられた身体にまとっているのは、綺麗とはいいがたい寝間着だ。その合間から、傷の手当がされている包帯がいくつも目に留まる。  リィンが宮殿に戻ると、ライセンの近衛であるガイエが蒼白な面持ちで訪れていた。ライセンの捕縛を表沙汰にしていないため、ここにはいないとすげなく言われても彼は去らず、リィンを見ると床に片膝をつき深く礼をとった。 「どうか、ライセン様をお返しくださいませ」 「ここにはいない」  リィンの言葉に、ガイエが頭を垂れたまま言い募る。 「表沙汰にはなさらぬリィン様のご内意に感謝致しますと同時に、今回の件、ライセン様を引き受ける者も必要かと存じ上げます。ご意思に背くつもりは毛頭ございません。引き取り手として、不肖なれどこの身をお使いくだされば」  リィンの近衛長であるクロエが苦い表情で、兄を見つめる。彼らは同腹の兄弟であった。  現在のコミュニティが違っている上に、近衛になってからは特に関係が薄くやり取りはほぼ皆無である。クロエは必要以上に口を挟まなかった。弟として兄を助けるにしても、今回の件は口を出せることではなかったからだ。  リィンがふと気づいたように、クロエを見やる。 「つむじが似ているな。そなたら兄弟か」  顔を伏せているため、頭しか見えないがリィンが半ば笑って問いかけるのに対し、クロエはため息をついて頷いた。 「はい、そこなガイエは兄です」 「ほう、それで…」  言外に薬草園でライセンを心配していたやりとりを匂わせ、リィンは笑うと仕方がないというように息をついた。 「ライセンの近衛殿。しばしここで待たれよ。私がライセンの行先について調べて参ろう」 「はっ」  頭を深く垂れ、ガイエが深々と控える。その体にいくつもの傷があるのを、リィンをはじめとし近衛の者たちは見ていた。  その足で、彼らはライセンを捕らえているこの場所に訪れたのだった。
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