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ドンドンドン、ドンドンドン。
夢の先でまどろんでいた所へ、突然降ってわいた音にサシャはびくりと体を震わせた。再度部屋に轟いた音に、驚いてサシャは身を起こすと、自分が全裸なのに気づき慌てて放っていた服を着る。
その間も扉は強い音でたたかれていた。慌てて扉の前に行き、開ける。その先に立っていたのは40代女性の黒の者だった。
サシャを見つめた途端に、嫌悪の表情を浮かべ上から下まで眺める。
「こんな汚らしい銀の者が神子だなんて。あなたに似合いの仕事をあげるからついてらっしゃい」
サシャは呆然と女性を見つめていたが、次にはあわてて声を上げた。
「ま、待ってください。靴を…」
「早くして」
女性といえども、黒の者はサシャよりもずっと体格がいい。やせ細ったその体格差は歴然としており、恐怖を覚えながらもぶかぶかの靴を履いて出入り口に急ぐ。
光を浴びて眠ったからか、幾分か体が軽い。それでも慣れないことの連続に頭がまるでついていかなかった。
「ついてきて」
振り返らずさっさと歩んでいく女性の後ろを、必死でついていく。10分も歩いたころ、女性は地下に向かっていく階段の前で、息を弾ませてついてくるサシャを汚物でも見るかのように睥睨した。
「愚鈍な生き物ね。この神聖な神殿にこんな生き物がいるなんて」
サシャは静かにその罵りを受け止めた。サシャの生活では、黒の者と接する機会のほうが少なかったが、茶の者であれ、赤の者であれ、色の濃いものはサシャを見下しののしった。
その嵐には、じっと下を向いて耐える他がない。何も言い返す余地などないのだ。
女性はそのまま息を吐き、階段を降りていく。暗い地下へと向かっていく階段は、光玉と呼ばれる光によって、光を維持されていた。
光玉の光は、あわい青き光でゆらゆらと地下の階段を照らしている。その存在をほとんど見たことがなかったサシャは驚いて、歩みを止めた。
とてつもなく高価なものであり、光玉は光と同じようにエネルギーを得ることができる唯一のものだと聞く。それが惜しげもなく、階段を照らすために使われていた。サシャは一度だけ務めていた貴族の館でその存在を見ていた。だが一つだけでも崇めるように飾られていたそれがただの照明として、いくつも使われている。
女性はさっと階段を下りてしまうと、その先にある重そうな青銅の流麗な装飾が施された扉を開いた。
「早くしなさい」
女性の声に、サシャはひゅっと息を吸い込み、我を取り戻した。慌てて階段を降りきり、両開きの扉の先を見る。そこは驚くほど美しい地下道だった。
青い石によって作られた壁や床が、ゆらゆらとゆらめく光玉の光を乱反射している。この世にこんなに綺麗な場所があるのかと、サシャは驚き見とれた。その横で女性が木製のバケツとブラシを部屋の中に置いた。バケツには水が満たされている。
ここまでの道程でサシャに渡さなかったのは、細腕ではこぼされるのが関の山だと気づいたからだろう。サシャは、女性がそんなものを持っていることにも気づいていなかった。
「この部屋の壁と床を掃除しなさい。8刻になったら迎えに来てあげるわ」
サシャを押しこみ、扉を閉める。中へつき押された彼はたたらを踏み、床に転んだところでひどく重たい扉の閉じる音が部屋に響いた。
中は寒く、布一枚だけのサシャには酷な空間だった。それでも、その幻想的な廊下をサシャは恍惚として見つめた。
この世界の光は常時照り続けており、特にこの王都は世界の中心としてまばゆい光に照らされている。その中で刻限は、水時計というものが用いられており、一日は12刻に分けられる。
人々は1刻から5刻までを活動時間とすることが多く、市などはその時間に立つ。5刻を過ぎれば12刻まで個人の時間とする者たちが多かった。
おそらく神殿も同じように1刻から活動期に入るのはサシャでもわかる。今はおそらく1刻を過ぎたあたりだろう。
8刻までここに閉じ込められるのは間違いがないようだった。特に色の濃い者たちは光がない場所を嫌う。特にここの掃除を嫌がり、サシャにさせようと思ったようだった。
だからこそサシャの仕事は地下の掃除や炭鉱や採掘にあり、今まで生きてこれたともいえる。
大概地下を照らすのは火であり、地下でエネルギーを得るのは難しい。
光玉が用いられた地下で仕事をしたことなど、サシャにはなかった。仕事場としては、とてつもなく恵まれた環境だ。
そっとバケツからブラシを取り出すと、サシャは壁に近寄り、そこに精緻な模様が刻まれているのを見てうっとりとした。そしてそれを丁寧に掃除し始めたのだった。
壁掃除を続け、どれくらいたっただろうか。手がかじかみ体は寒さで震えていた。だが、それよりも切迫したものを感じてサシャは息をついた。
これだけ光があふれているから、大丈夫だと思っていたのに。光玉で照らされ、青い光が乱反射した宝石の廊下で、サシャはよろよろとあたりを見回した。
あるわけがない。黒の者は必要ないからだ。
そもそもこの行為そのものが、忌むべきものとして数えられている。けれどもサシャはそれを行わなければ生きてこれなかったし、これからもそうだろう。
この神殿には絶対にないだろう。黒の者しかいない場所で、サシャの必要なものがあるとは思えなかった。
切迫したような震えが、手からブラシを落とす。ブラシはカツンと落ちると、廊下を滑った。それを拾い上げようとしたが、がくがくと手が小刻みにぶれて思い通りにならない。
震えていても我慢すれば、大丈夫かもしれないと体を小さくしようとする。光があるのだから。光を浴びているのだから。
まだ、大丈夫。まだ大丈夫なはず。
『おいで』
ふいに聞こえた声は優しかった。幻聴かとゆっくり顔を上げると、青い世界に金色と黒の蝶がひらひらと舞っていた。
弱ったサシャを誘う様に、ひらひらと舞いくるりと一回転する。がくがくと震える足で、サシャは蝶を追い、青い廊下を奥へ奥へと進んでいった。
『おいで』
やがて一つの青銅の扉が現れる。蝶はすい、とその扉に吸い込まれた次には、外側へ扉が開き始めていた。
長い間使われていない蝶番がきしみながら外へ外へと進むたび、目もくらむような光があふれだす。暖かい風がサシャの頬を撫でていた。
その先に広い草原と森を見て、サシャは呆然と立ちすくんだ。
「おいで」
中から誘う声に導かれ、足を踏み出す。そこは巨大なドーム状の中庭のようだった。頭上には鳥が行き交い、草原は足元で柔らかに踏みしめられている。光が満ち、小川と泉が耳に優しい音を奏でていた。
暖かい。そこは春のように柔らかく暖かかった。
その中央にあるテーブルの上には、驚くほどの食事が載せられていた。
こみ上げたつばを飲み込み、ふらふらとそこに引き寄せられる。だが、その横に一人の男が立っているのを見て、恐怖に足を止める。
サシャは自分よりも白に近い生き物など、今までに一度も見たことがなかった。長い髪が男の肩から滑り、見事な体躯を純白の神官服が覆っている。
「大丈夫だから、おいで」
そういった男は光に溶けるような、金色の男だった。光のように男自身が輝いているようでもある。
金の男が静かに告げる声は、澄んだ泉の底に響く水のように落ち着いた音だった。
食べ物に目を奪われていたサシャは、男のそばに三人の黒の者が立っているのを見てさらに怯えた。
「怖がりだね。でもお腹が空いているのだろう?大丈夫だよ」
金の男がすっと手を上げると、側に控えていた三人の黒の女性は背を向け遠くへと行く。男はテーブルの椅子に腰を下ろすと、サシャにそれ以上は頓着せず盛られた食事を自分で皿に取り分け、口に運び出した。
静かに食事を始める男に、サシャは半ばほっとして仲間を見つけたような気持になった。
そして怯えながらも近づいていく。そばに近づけば近づくほど、食べ物のにおいがサシャを誘った。
「おいで、君の席だよ」
男は食事を中断してサシャに食事をとりわけると、テーブルに皿を置く。
盛られた料理は手の込んだものなのだろう。こんなに美しくおいしそうなものをサシャは見たことがなかった。
怯えよりも食欲が勝り、席について食べ物を手に取る。手づかみでサシャは口に運んだ。行儀などサシャには今まで必要がなかったし、今それが必要とされていると考えたこともなかった。
飢えて飢えて、自分が食べているものも食べ物であると認識出来てはいるが何なのかはわかっていない。でも、素晴らしくそれらはおいしかった。
まさしく4日ぶりの食事だった。
肉料理と思しき物を口に運べば、その豊かな味わいに我を忘れて皿の物を口にしていた。男がかすかに笑って次から次へとサシャの皿を満たしていく。
こんなに食べ物を食べたのは初めてのことだった。サシャの隣で男も旺盛な食欲を見せ、次から次へと口に運んでいる。
誰かと食事をしたのも初めてのことだった。
やがてお腹がいっぱいになると、サシャは初めて落ち着いて男を見つめた。
黒の者とおなじように堂々とした体躯と、そのあまりにも整った容姿にまぶしさを覚える。金色の瞳に長い睫まで金色なのを見て、はたはたと瞬きするのすら、ああ動くのかと目を奪われた。思わず見とれていると男がかすかに笑った。
その笑みに、胸が苦しくなるほど魅了される。いつまでも見つめていたいほど美しいとサシャは思った。
「まだ食べたいか?」
問いかけにサシャは、落ち着いた気持ちで首を横に振った。男が側にいると自分が驚くほど穏やかな気持ちになる。
自分の中の忘れていたなつかしさや、やさしさ、そして切なくなるような気持がどっと押し寄せ、ふいにサシャは泣きだしていた。
男がふっと笑うと身を乗り出してサシャの腕を取る。掴まれた腕は酷くやせ細っていて、枯れ木のようだった。
「おいで」
優しく言われ抱き寄せられる。ふわりと宙に浮くような感覚で、気づけば男の膝の上にサシャは抱きよられていた。光のように暖かく、そして余りの心地よさにきゅっと男の胸に顔を寄せる。
胸元からは深い森の苔のような香りと、花のような甘い匂いがして思わず息を大きく吸い込み、次の瞬間自分の涙でサシャは咽た。
ケホケホと弱弱しい咳をするサシャに、男がかすかに笑い背を撫でる。
「困った子だね。こんなに弱って」
優しく抱きしめられるうちに、サシャは次第に落ち着き、男の腕の中で不思議に思ったことを尋ねた。
「あなたも忌み餌を必要とするのですか?」
忌み餌とは、食事をする必要がない黒の者たちが下賤なものたちの行う、食事という行為を言ったものだった。
黒の者たちは光だけで生命活動を維持できるが、ほかの者たちは、特に色の薄いものたちは光だけではどうしても命を保持できない。
だが、生命を食べる行為は贄を必要とする忌むべき行為としてみなされ、食事そのものが忌まわしいとされている。
ゆえに、忌み餌とよばれ、サシャは隠れるようにしてそれらを摂取してきた。誰かとともに食事をすることなどないし、食べているものも果物そのままであったり、保存のきく干した果物であることが多い。
肉も魚も、売られていることは売られている。王族や貴族とされるものたちの中には、突然変異で色の薄いものが生まれることがあり、それらのために卸されているからだ。
だがそれらは、血を嫌う習慣から非常に高価でありサシャに手が出るものではなかった。
サシャの問いかけに男はかすかに苦笑を浮かべると、ポンポンとその背をたたく。
「忌み餌とは言わない。御贄(みにえ)と本当は言うものなのだ。捧げられた大切な命という意味だよ。それらをおいしく食べることは我々にとって何ら悪いことではない」
サシャは背後のテーブルを振り返り、きれいに食べつくされた皿を見つめた。これはいつも言われている忌み餌とは違うものなのか。同じにしてしまって自分はとても悪いことをしたのではないか。
途端に不安そうな表情を浮かべたサシャに、男は軽く笑いをこぼすとポンと肩をたたいた。
「気にしなくていい。それより、かわいそうにお前それでは寒いだろう」
一枚だけの布の服は、サシャにとってみれば上等なもので、ここは暖かく別段苦しいほど寒いわけではなかった。
「大丈夫です…」
サシャの返答に、男がやれやれというような表情を浮かべた。
相手の顔を見てサシャがすぐに、目を潤ませる。男の言葉を受け入れなかったため不興を買ったのではないかと、不安になったのだ。
「仕方がない。お前、私の言うことが聞けるか?」
問いかけは唐突だったが有無を言わせない強さがあった。男の存在は不思議なもので、強烈な絶対的支配者でもあると体の底で感じられる。サシャにとって抵抗など何一つ示せる相手ではなかった。
黒の者や茶の者などに感じる、階級の上下ではない。もっと根本的な何かが男にはあった。
震える思いで頷く。
それを確認すると男は右手を上げた。応えるように三人の黒の者が現れる。冷たく刺さるような視線にさらされ、サシャは男の腕の中で縮こまった。できるだけ小さくなりたいと思ったのだ。
「この者を洗い磨き立てろ。大切な宝石だと思って傅き見事な成果が出れば、それはそなた達の功績となる。私を満足させろ。痛めつけたり、泣かせたりした場合はそなたたちの過失としてみる」
告げられた女たちは、一瞬戸惑った表情を見せたが、互いに視線を合わせて頷いた。
「かしこまりました」
女の一人が言うのを聞いて、男は腕の中で震えるサシャに視線を向けた。
「では、彼女たちについていきなさい。いいね」
絶対者の声で告げられ、サシャは心の中での抵抗もむなしく、涙で潤んだ表情のままこくりと頷いた。嫌だと言って通じる相手ではないと本能が告げていた。
女の一人が促すようにサシャへ手を伸ばす。
素直に手と手を触れ合わせても、女は何一つ嫌な顔もしなければ払いのけもしなかった。食べ物を手づかみで食べ、べたべたとした汚れた手であったのに。ただやさしく手を引かれて、驚く。
サシャは今まで手を払いのけられたことはあっても、こんなにやさしく受け止められたことはなかった。
「湯はその湯殿を使え」
大きな中庭の中心にあるこのテーブルから、離れた場所にタイルを敷き詰めた美しい泉があった。女たちは素直に頷くと、そこへサシャを連れていく。
はたから見ればサシャは、ぼさぼさの銀髪を長く伸ばした痩せた子供だった。手足はひょろりと長く、背丈も子供というよりは幾分か高い。
だが、手入れをしていない髪は長く絡まって顔や肩を覆い、銀髪は灰色の色かもわからない。痩せこけた爪の先は、長年の労働のせいか黒く汚れて哀れだった。
そして汚れている。
ただ一枚の布がだっぷりと痩せた体を覆うだけで、大きく足に合っていない靴がカポカポと音を立てる。
それでもサシャにしてみれば、ここに来る前に水をつかうことができたので、身体を洗ってから神殿に入ることができていた。水は貴重なもので、お湯など夢だった。
女に手を引かれ、ここは夢のようなところだと思いながら湯殿に誘われる。
「脱げますか?」
暖かい湯気のたつ泉の前で問われ、サシャは一瞬何のことだかわからなかった。だが女がそっと自分の服に手をかける段階で、脱がされるのだと解り不安になって金の男を振り返る。
かなりの距離が離れているにもかかわらず、男はゆったりと椅子に腰かけたままサシャに頷いた。
「彼女たちに従いなさい」
男の声は水のように浸透し、サシャは素直に服をまくり上げると頭の上から脱いだ。途端に女たちがハッと息をのんでサシャの腹部を見つめる。
「万事滞りなく進めるように」
男の声が鞭のように、女たちへ振り下ろされる。彼女たちは我に返ったように湯殿へとサシャを誘うと、隅々までサシャを洗い始めていた。
サシャは柔らかい布で全身を清められると、次には髪をほぐすように清められた。長い髪が銀色の輝きを取り戻し、つややかになったころにテーブルで本を読んでいた男から、きれいに切りそろえるようにと声がかかる。
サシャはあまりに長い時間清められ、身体が疲労のあまり悲鳴をあげ始めていた。
うとうとと眠りはじめたサシャにかまうことなく、女たちはサシャを磨き上げると、次は柔らかい寝台の上に乗せた。
「剃毛しなさい」
男の言葉に、女達がサシャの脇に生えている毛をそり落としていく。サシャはぼんやりと自分の腋毛が剃られていくのを見つめていた。
だが、自分の陰部に女たちの手が伸びたとたん、悲鳴を上げて体をずり上げる。
サシャの股間には申し訳程度だが、銀色の陰毛が生えていた。それも女たちは剃ろうとしているのだとわかったのだ。
「お静かに」
女がそっとサシャを抑えて、剃ろうとする。だがサシャは最後の気力を振り絞り、その手から逃れようとした。散々陰部も柔らかい布で洗われていたが、それとこれとは違う。
「…いや…」
気力だけで抵抗するサシャに、女がやんわりと言い聞かせるように告げる。その表情は厳しくもあったが同時に優しくもあった。
「神子様、この神殿に神子として入ったものは全て、剃毛し身ぎれいにするものなのです。本来であれば冠もしての、輿入れが常識。何一つとして行わないわけにはいきません。ここにいる以上、従わなければならないこともあるのです」
女の言葉は真摯で、内容は理解できなくてもサシャにはそうしなければならないのだと理解できた。自分がここにいる以上は従わなくてはいけないのだ。
震える体のまま、サシャは抵抗をやめると目をつむった。女が頷き優しく陰部の毛をきれいにそぎ落とし始める。三人がかりできれいに体毛を剃られた後は、ベッドを移して全身にクリームを塗りこめられる。
この段階でサシャはほとんど熟睡していた。三人の女たちは実に丁寧で辛抱強く、細部にわたるまで世話していく。全身のケアは黒髪の女たちであっても、骨が折れたに違いなかった。
それでもきれいに仕立て上げられているなか、突然サシャは声を上げて体を跳ね上がらせた。
「うぎゃっ」
熟睡していたにもかかわらず、魚のように飛び起きたのは、サシャの肛門に指が突然入れられたからに他ならなかった。
女の一人が香油をその部分まで塗りこめた違和感に、サシャは跳ね起きたのだ。
「やっ!いや!」
泣き叫んだサシャの声に、金の男も本から顔を上げ視線を向ける。わずかに頷くと女たちはすっと波が引くように去っていく。
体内の違和感はまだ残っていたが、女たちが去ったことでサシャはほっと息をついていた。金の男が椅子から立ち上がり、ベッドの上で半泣きになっているサシャへと歩んでくる。
面白そうに男は笑っていた。
「困った子だ。でも見違えるようによくなったではないか。彼女たちに労をねぎらう必要があるな」
髪は肩口できれいに切りそろえられ、前髪も整えられた銀髪はさらさらと光を返す。その下から初めて出てきた相貌は、きれいに整った思いのほか大人びたものだった。
顎に手をあて、くいっと上向かせて男は検分すると頷いた。
「では私の冠をお前にやろう」
ベッドに腰を下ろし、サシャを抱き寄せる。羽のように簡単に抱き寄せられ、サシャは男の腕の中に納まった。
男の腕は甘く、どこまでも心地が良かった。その手がサシャの股間に触れる。
突然の行為にサシャはびくりと体をおののかせた。
「別に痛いことはしない。見ていなさい」
男の声は絶対的な支配者のそれだった。恐怖に支配されながらも逆らうことはできない。
男の手には金色の輪が二つ連なるものが用意されていた。
「これは冠と呼ばれるものだ。神子はかならずこの冠をつけ、精を出さぬように管理される。ここにいる間、決して外してはいけない」
男はサシャの陽根の付け根と陰嚢の付け根に通すと、きゅっと輪を狭めた。肉を噛むほどではないが、ぴっちりとそれは輪を狭めた。痛みや違和感はない。
サシャは金色の輪っかを、呆然とただ見つめた。腹部の刻印がきらきらと光を放ち、赤子のようにすべて剃り降ろされた陰部には金の輪が嵌る。
その光景はサシャの歩んできた人生とはまるで別のところに、迷い込んでしまった象徴のようだった。
「私の名前はイシュア。私のことはイシュアと呼びなさい。お前の名はなんという?」
ドームの天井からあふれんばかりの光が降り注ぎ、男の金色の髪を輝かせる。サシャは光に導かれるように名前を口にした。
「サシャ」
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