王宮編

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 翌日の8刻、マムフェはろくに眠れなかったがために気怠い身体を押して、泉へと向かった。  相変わらず人の気配はない。七色の石が流れる水の底で不思議な光を返し、静寂が辺りを覆っていた。夢だったんじゃないかと思い、そっといつものように石へ座る。  学舎から支給される服は、黒以外の使用人達へと配られるお仕着せが多い。一目でそれと解るものはないが、よく見れば学舎の掃除夫をはじめ小間使いが使用しているボタン付きの上衣、生地の堅い無地のズボンが同じだと気付く。  マムフェが黒髪だからこそ、使用人とはされないだけだ。  黒の者たちは経済的に恵まれている上、階級も高い。細かい刺繍をあしらった繊細な生地のものも、彼らは好んで身に着ける。コミュニティに認められ、家に属する彼らは贅沢な暮らしに慣れていた。  思い起こせば、あの青年の身なりはかなり奇麗だった。馬も大きい生き物だった。辻馬車に乗って移動するのは、元居た家からの交通手段であったため珍しくもなかったが、あんな近くで馬を見たのは初めてだった。  自分はみすぼらしいけれど、大丈夫だろうか。次に会うときに嫌がられたりはしないか。  石に寝転がり、そっと目を閉じる。  瞼を閉じたその先で光が揺れている。晩春の風が通り過ぎていった所で、蹄の音が少し遠方から響いてきた。  マムフェはハッと目を開くと、身体を起こす。約束の日は今日ではないけれど、今日も彼が来たのではないか。  淡い期待で胸が高鳴る。  泉から程ない場所に、馬や人の通れる道がある。馬車が乗り入れるような道ではなかったが、草などはなく土は気持ちばかり舗装されている。マムフェもその道を興味本位で歩き、ここを見つけたのだ。  しかし、耳に届いた音は予想外のものだった。学舎の方向から何頭かその道を通って、馬が来るようだった。一人ではない気配に、マムフェは顔を強張らせる。あの人でなかった場合はどうしよう。ここに自分がいると知れれば怒られるだろうか。  特に厳しい制限は言い渡されていないが、良いともいわれていない。森に紛れたほうがいいのかもしれない。  立ち上がり、森へと逃れようとしたところで 「動くな!!」  強い警告に声もなく、マムフェは木のそばで立ちすくんだ。恐怖に竦んだ視線の先へ、三頭の馬が次々と現れ、警告を発した兵士はマムフェの黒髪を確認すると途端に、馬を止めた。  身軽に馬から降りると、片膝をつき頭を垂れてから心からの声で告げる。草が生えている地面に躊躇なく彼は控えた。  兜に隠れているが、首元から見える髪色は茶色のようだった。 「これは失礼しました。服ばかりに目を取られ警告を発してしまいました。お許しください」  真摯な謝罪に、マムフェは恐怖に固まったまま動くことができなかった。その様子を見ていた別の者が、おかしそうに笑いを零した。残る一人は兵士であり、兜を被っていたが黒髪だろう。辺りを警戒するように見回している。  一人の男が道の辺りから静かに馬を進ませ、草に控えている男の後ろから声をかけてくる。 「カイネス、お前でも失敗することがあるのだな。少年、学舎に通っている子供か?驚かせてすまなかった。何しろこの森は人があまりいない。カイネスが警戒したのも解ってくれるとありがたいのだが」  黒い髪をきれいに結い上げ、その髪も宝玉に飾られている綺羅綺羅しく、美々しい男性が馬上から告げる。マムフェにいくら学が無かろうとも、普通の相手ではないのは見て取れた。圧されるように彼は、頷いてやっと諾とすることができた。気の利いたことも勿論浮かばず、特殊な身分であるのが一目でわかる相手に、気圧されたまま半ば震えて馬上を見上げる。 「かわいらしい小鹿のようだね。名前を教えてくれるか?」  怯えているマムフェへ微笑み、男性が問いかける。  すぐにも答えられないマムフェは、乾いた唇を何度か開き、カラカラになった舌を動かそうとした。  返答はかなり長い間待たれた。その間茶の兵士の男は片膝をつき、頭を垂れたまま微動だにせず、男性は微笑みを浮かべたまま震えるマムフェを面白そうに眺めていた。もう一人の兵士は、静かにその様子を見つめている。 「…マムフェ…です」  乾いた唇からやっと紡ぎだされた名前に、男が頷く。 「マムフェ。学舎に私からお詫びの品を届けさせよう。驚かせて済まなかった。では、いくぞ」  男は堂々と告げると、馬を巡らせ二人で去っていく。カイネスはもう一度マムフェに一礼すると、馬に乗って去っていった。  まるで嵐のように過ぎていった出来事に、マムフェは足の力が抜け、しばらくそこにへたり込んでいた。    翌日、マムフェは学舎長に呼びだされ、震えあがった。青くなって怯えるマムフェを、教師が重厚な扉を通して、容赦なく連れていく。手はつかんでいなかったが、逃げられないのは双方ともに承知していた。  通された部屋は、丸い意匠の天窓ガラスがはめ込まれた広い部屋だった。学舎長には一度、マムフェの受け入れの際会って話したきりだ。 「座りなさい」  木製の簡素な机と椅子は磨きこまれ、逆に凝った家具よりも美しかった。連れてきた教師が椅子を引いてくれ、マムフェを促す。  青くなりながら、マムフェは静かに座った。  教師が何も言わず出ていく。  二人きり残された部屋で、マムフェは机の木目を見つめ、震えていた。昨日の出来事で怒られここを出て行けと言われないだろうか。  不安ばかりが、心の中に降り積もる。 「マムフェ。あの方とどこで知り合ったのか私は預かり知らぬことですが、あなたに贈り物が届いています。私たちも、あなたに対して気遣いができていなかった。反省しています」  40歳を過ぎると、老年期といわれる時期に人々は入る。寿命は50歳程度であるためだ。学舎長は老年期に入った顔に、何とも言えない表情を浮かべていた。  そして、机の上に一つのきらびやかな箱を重そうに置いた。辛うじて抱えられるほど大きなその箱の蓋は、凝った象嵌が施された美しい品だった。箱にはきれいな模様が幾重にも施され、小鹿が一匹森の中で遊んでいる。 「この箱を含め、あなたへの贈り物です」  学舎長が蓋を開くと、中から服を取り出した。緊張して箱を見つめていたマムフェは、取り出された繊細な刺しゅうを施された服に、喜色を浮かべた。  あの人と会う時に、みすぼらしいと思われなくて済む。  頭の中にはそれしかなかった。 「あなたがあの方と繋がりがあるのであれば、今のままではいけません。きちんと言葉を喋れるように私達も尽くす義務があります。毎日、6刻から7刻まであなたに言葉を教えていくことに決めました」  それは有無を言わさぬ決定事項のようだった。  あまりにも急激な変化にマムフェは目を白黒させたが、学舎長は静かに言い切った。 「あなたに拒否権はありません。あなたの為にもなる事です。あなたも心して努力するように」  呆然としているマムフェに、学舎長は苦笑を浮かべた。 「あなたが服を喜んでいるようでよかった。同時に、私も反省する気持ちです。このように素晴らしいものではありませんが、服はきちんと仕立てていくようにしますよ。コミュニティに属していない子供を引き取ったのは、60年ぶりのことで、我々も手探りなのです。互いに思うことをきちんと意思疎通できるように、双方で努力していきましょう」  学舎はコミュニティではない。コミュニティに属している者達が通う場所であり、マムフェに対して責任を持てないがために、誰もが深く接してこなかった。  コミュニティ内であれば、いくらでも想像できることが、全くどこまで手を出したらよいのか誰も彼もが見当もついていなかった。  みすぼらしい恰好をみても、問題にしなかった。踏み込むには、責任が伴うからだ。  誰もが遠巻きにしていたそこへ、学舎長が一歩踏み出した瞬間だった。同時に彼はコミュニティ以外に個人として、マムフェへ責任を持ったとも言える。深い決断だった。 「箱はあなたには運べませんから、下男に運ばせましょう。私が運ぶと腰が痛くなりそうでね」  少しばかりおどけて学舎長は告げると、下がってよいとマムフェに告げた。半ば呆然としたまま去っていく小さな背中に、学舎長は柔らかな眼差しを注いでいた。  マムフェがきれいな服を身に着けるようになった日から、周囲の反応は劇的に変わった。  教室で誰も近寄らなかった彼の周囲に、まず、同性が集まりだした。優しく声をかけ、驚いた表情を浮かべた彼に、怖くないというような笑みを浮かべる。  処世術やコミュニケーション能力の高い、家柄の比較的いい者たちが特にマムフェへ目を向けた。  話しかけられ、まだ上手く話せないため、たどたどしく返答をしながら顔を赤くするその顔をじっと眺め、かわいくて仕方がないというように触れようとする。途端に、周囲にいた同学生に阻まれ、残念そうに手をひっこめるのだ。  自分のコミュニティに所属していない者へ、みだりに触れてはいけない。  それは、絶対の掟だった。  パートナーと決めた者たちが、同じコミュニティに属するのはこのためだ。コミュニティ内での性行為はパートナーだけにとどまらず、血縁者も含めた奔放な関係を結ぶ。  特にまだ特定のパートナーを決めていない現年齢の子供たちは、コミュニティ内で性的な接触をしていた。それによって学ぶものも多く、性行為に慣れていく面も大きい。  だが、その奔放さはコミュニティ内でのみ許されるものであって、外にまで及んだ時は重罪として、時には死罪ともなり得る。だからこそ、コミュニティに属する可能性のない者に彼らは近寄らない。  子供ながらに、自分のコミュニティへ、マムフェを引き込むのは難しいと誰もが感じていた。みすぼらしい服をまとい、どこのコミュニティにも属さない驚くほどに美しい少年。  うまく言葉もしゃべれず、まともに文字も読めず、学もない。貧しく身寄りがない彼を、引き受けるだけの責任を負えないと、彼らは幼いながらに判っていたのだ。  それが、ある日突然マムフェは、一目で高級だと知れる服を身に着け始めた。綺麗にあしらわれた手首のボタンは真珠であるし、布地は幾度も練られた上等な絹だった。目にも鮮やかな色を帯びた糸で幾重にも刺繍された服は、黒の者達でも簡単に買えるものではない。  みすぼらしかった木の靴は、布と毛皮で織り込まれた上等なものになっており、誰もがその変化にどこかのコミュニティに属したのだと感じたのだ。コミュニティに属するということは、彼の身分を保証する人が現れたということだった。  血筋が悪くても、彼をコミュニティが保証するのならば将来婚姻により、茶の子供が生まれたとしても、コミュニティを経て子供は安全に引き取られる。そして、彼自身の生活含めてコミュニティが保証するのならば、職にあぶれることもない。彼が身寄りのない子供ではなくなったのならば、実に魅力的な少年だった。  彼に持参金がなかろうとも、全く気にしない上位コミュニティに属する者たちが、まずはマムフェに近づいた。  その変化にマムフェは慄き、顔を赤くしたり、青くしたりしながら震えた。あまりにも突然の移り変わりだった。嬉しさよりも、戸惑いと恐怖が先に立つ。  マムフェの反応に、生徒たちは小さな動物を相手にするような優しさを見せて、攻めたり答えを求めたりはしなかった。  その日の個人教授で、マムフェは素直に戸惑いを学舎長に報告した。日常的なことを話しなさいと言う題目に対して、単純に選んだ内容だったが、言葉少なに教えられながら生徒たちの変化を聞いた学舎長は、幼いながらにも若い生徒たちの反応に内心舌を巻いた。  すでに老年期に入っている彼からすれば、若い世代のパートナーを探す触覚の鋭敏さに、驚いたともいえる。子供と侮ってマムフェを貧しい格好で放置していたことに、彼は再度反省する思いだった。  自分の言葉を真摯に待ちながらも、助けて教えてくれる学舎長にマムフェは喜びを感じ、必死に出来事を訴えた。はじめて言葉を交わす喜びを覚えた瞬間だった。  その日、マムフェは10刻まで学舎長と話し込み、まだ話したがる少年を老人は諭してベッドへ向かわせた。  とろりとした眠気を覚えた顔で、マムフェが懸命に学舎長へ礼を言う。微笑んだその顔のかわいらしさに、学舎長は満足を覚え家路へとついたのだった。  中の日、マムフェは学舎長といつも楽しんでいる勉強会を、定刻で終わらせた。少年の様子から、何かあるのだと察した彼はそれ以上何も言わず、お開きにすると何か困ったことがあったらいつでも相談しなさい、と告げるだけに留める。  同学年の少年と何か予定があるのかもしれない。マムフェはここ数日で、たどたどしい乍らも彼らと話が出来始めているようだった。学舎では彼の行動を制限していない。  僅かな金も学舎長はマムフェに渡していた。彼は慄きながらいったんは断り、持っておきなさいと言われて戸惑いながら受け取った。同時に、使う予定がないのでこれ以上はいらないとたどたどしく告げてきた。  そうだ、市が立っている場所に行ったこともなければ、神殿にすら行ったことがない子供だったのだと学舎長はここで気づいた。子供と言えども黒の者であれば、劇場や音楽会、詩の朗読会を始めたとした娯楽鑑賞に出かけるのが一般的であるのに、そのかけらも知らないのだ。  近くにある宮中では音楽鑑賞を含め、行われない日はない。学舎長はその立場からしても、出入り可能だった。機会を設けて触れさせてあげたいと考えていたが、もしかしたら同学年の者たちが誘ったのかもしれない。  翼が生えたように、嬉しさを滲ませて部屋を去っていったマムフェを見送る。  当のマムフェは学舎長の部屋を出ると、自分の部屋へと向かい、鏡の前に立った。僕の恰好は変じゃないだろうか。何度も確認してから、部屋を出て泉へと歩き出す。  胸が痛いほど高鳴って、歩く足が自然と早足になる。  森のにおいは柔らかく風を含んで、木々を揺らしていく。緑は光の中で葉をそよがせ、目にも鮮やかな影をいくつも降らせた。地面には、花が咲いている。  世界はこんなにも美しかったんだ。  初めて気づいた。こんなに世界は広かったんだ。森の影の中に、光の梯子が下りて泉を遠くからも照らしている。  マムフェは道を歩かずあえて森の中を進み、光を目指した。やがてついてまだ相手が来ていないことを知ると、少しばかりがっかりしながら石に座った。そして泉を見つめる。  途端にいろいろな不安が、心の中で首をもたげてきた。  来なかったらどうしよう。  僕はきちんと話が出来ないけれど、嫌われたらどうしよう。  時間を間違えていて、もう帰った後だったら僕はもう嫌われていて、呆れられているんじゃないか。  指先が震えてきて、落ち着かなくなり立ち上がった時だった。  森の中を馬が駆けてくる。葦毛の馬を見て、マムフェは心がぽっと温かくなった。馬は泉へたどり着くと、ぶぶんと鼻を鳴らし、マムフェへとすり寄ってきた。 「ああ、こら、待て待て」  馬上から制する声がすると、馬は仕方がないというように横へ退いた。それでもマムフェが気になるのかちらちらと視線を向けている。  馬上から降り立った青年は、マムフェを見ると心底嬉しそうに笑った。 「ああ、よかった。今日一日、もし、来なかったどうしようと落ち着かなかったんだ。もう会えなかったらどうしようとか、夢だったんじゃないかとか」  青年はマムフェの向かいに立つと、そっと手を差し出す。伸べられた手に、マムフェは本能的に手を重ねていた。  一つの迷いもなく触れ合った指先が、温かく幸福感を連れてくる。青年もマムフェも嬉しそうに笑った。心の中が言葉もなく満ちていく。  こんなに、触れ合うことがうれしいのだと、初めて知った。  無言でしばらく二人は向かい合ったまま、手を握り合っていたが、やがて青年はそっと意を決したように片膝をつく。  手を握ったまま、崇めるようにマムフェを見上げ、握り合ったマムフェの手の甲へ、口づけた。  途端に、マムフェが真っ赤になる。  そのマムフェを、炎が宿ったような瞳で青年は見つめた。 「私の名前は、ライセン。君の名前を教えてほしい」  狂おしさを含んだ声だった。マムフェは握り合った手に力を込めて、青年を見つめたまま告げる。 「…マムフェ、……です」  名前を聞いたライセンは頷くと、真摯な瞳を向けてきた。 「出会って間もないのに、こんなことをいうのは実に軽率に聞こえると思う。それでも、私は自分の気持ちを偽ることはできない。  先日出会った後、翌日も夢なんじゃないかと思ってうまく眠ることもできなかった。その次の日から、毎日ここに来てみてけれど、君は現れなかった。  今日来なかったらどうしようかと、毎日考えていた。でも、君と出会えた。  出会って、心に決めた。  君のパートナーになりたい。あと二年、15になればパートナーと新たなコミュニティに入ることになる。  その時、君と同じコミュニティに属したいんだ。 ともに将来を歩んでいきたい。私のコミュニティに入ってくれないか?」  それは思ってもいない驚愕の誘いだった。マムフェは茫然とライセンを見つめ、その視線を受けて青年は思いの丈を込めた眼差しを返してくる。  あの出会った日の翌日、マムフェは凄まじく豪奢な男と出会った。次には学舎長に呼び出され、後には学舎長と勉学に励んでいてここを訪れていない。すれ違ったその間、この青年はここに訪れていてくれたのだ。 「今すぐ返事はいらない。年の差もある。君には君の考えがあるだろう。簡単に答えを出せることではないのも解っている。けれども、私の気持ちを知ってほしいと思ったんだ」  キュッと手を握りしめられ、その温かさにマムフェは我に返った。  にっこりとライセンが微笑む。 「少しずつでいい、私を知ってほしい。だから、中の日の約束をこの先も続けていきたい。私を知って、私と共に歩んでもいいと思ったら、一緒のコミュニティに入ってほしい。返事は、ずっと先でいい。 だから、この先の中の日9刻も、ここで会いたい。会ってくれるだろうか?」  指先から、きらきらした光が自分の中に入り込んでくるようだと、マムフェは思った。コミュニティの話は軽率に返答できない。自分の境遇を知れば、相手の気持ちが変わることもある。  でも、マムフェはライセンに会いたかった。  頷いて、改めてライセンを見つめた。簡素な服を着てはいるが、身なりは決して卑しくない。黒い髪は長く伸ばされ首の後ろで、纏められている。美しい宝石が留め具として輝いていた。手首にはまっている腕輪は、金とクジャク石の高価なものだ。  顔は、麗しく整っている。どこか優しく甘い印象のある美青年だった。黒の者として、恵まれたコミュニティに属する人だと一目でわかる。  自分とはまるで違う境遇の人だ。  ある意味初めてマムフェは、相手の顔をきちんと認識した。 「僕も、…会いたい、…です」  それでも会いたかった。境遇を知れば、長く続かないだろう。それでもこの手を放したくなかった。  マムフェの返答に、ライセンは感謝のほほえみを浮かべると立ち上がり、万感の思いを込めた視線で少年を見下ろした。 「ありがとう」  つないだ手は、温かく胸の中で火をともし続けた。
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