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『官』の多い女の子 2
それは、5年前までさかのぼる。
紗也は、入学したての頃は地方と東京の違いに戸惑って、地下鉄の乗り換えにもドキドキしていたが、ゴールデンウィークも終わり半袖で大学に登校する頃になると、だいぶ大学生活に慣れて親しい友達も出来て来た。
勧誘されるがままに入ったサークルもフレンドリーな子ばかりで、ここに入って良かったと思いはじめた矢先のできごとだ。
「花菜ちゃん、次のサークルのイベント行く?バーベキューって言ってたよね。どうする?花菜ちゃんが行くなら、私も行こうかなって思って」
学食のテーブルにサークルの予定表を広げた紗也を横目に、花菜はカツサンドを大口を開けて頬張った。
「うん。いぐよ。」
ごくりと嚥下する音を盛大に響かせて口いっぱいに放り込んでいた何かを飲み込んだ花菜が真面目な顔で言いなおした。
「行くよ。バーベキュー」
花菜はもう出席の連絡もしたしね、と答た。
「え、もう決めてたの?早いっ」
驚く紗也に、視線をさげてそうね、とうなずいた。
「サークルに新しい人もけっこう入ったみたいだし、バーベキューに行ったら会えるかもしれないし」
もう一度、うん、とうなずいて、花菜はカツサンドひと切れをそのまま口に放り込んだ。
口の周りの筋肉を最大限に活用しながらそれを一心に咀嚼すると、やはり盛大に嚥下する。
「仲良くなれそうな子がいるといいねぇ」
言うとジンジャーエールをズズッとイッキに飲んだ。花菜は既にサークル内でダイソンとあだ名がついている。
「あっそうだ」
花菜ややっとからっぽになった口で明瞭に、思い出した、とばっと視線を挙げて、やっと学食に手をつけようとしている紗也の視線をひきつけた。
「バーベキューに英会話のクラスで仲良くなった子を誘ったんだ。当日に連れてく」
花菜はそう言い、グシャリと丸めたゴミを勢いよくゴミ箱に投げ込んだ。
「え、それってどんな………」
どんな子なの?
紗也が質問を言い終わる前に、花菜はマイペースという名の物凄い早さで荷物を鞄に詰めた。
圧倒される紗也をよそに、花菜は机の上にあった分厚い資料の束を無理やり愛用のリュックサックに押し込んだ。
「課題って、なんでこうもやる事多いんだろね」
嫌味でもなく、ただただ疑問、といった風に紗也に言うと、花菜はもはや走っても同じじゃないかと思う速さでごった返す人並みを器用に避けながら次の授業の教室ヘ歩いていった。
バーベキューの日は天気予報通りに晴れて夏の初めの川風が心地よく吹いていた。
河川敷の公園には、他にもバーベキューの道具を持ったグループが点々と陣取っていた。
花菜はさっそく英会話のクラスで仲良くなった美和を紗也に紹介した。
紗也は初対面はニコニコはするが、打ち解けるのに少し時間がかかるタイプだが、美和は最初からグイグイ紗也に話かけ、暫くすると、紗也が「美和ちゃん」と呼ぶと「美和って呼び捨てでいいよ。皆んなそうだからさ」とイヤと言えない眩しい笑顔を見せた。
その調子で、1時間もするとその場のほとんどと打ち解けて、先輩達も皆んな呼び捨てで「美和コッチコッチ」などと声をかけていた。
ターフとテーブルのセッティングが終わって、皆んな、それぞれグループになって火をおこしたり、肉や野菜を準備し始めた。花菜達もサークルの先輩達が車で持って来たクーラーボックスを開けて飲み物の準備をしていた。
「ねぇ、あそこに立ってるブルーのTシャツの人、竹内涼真に似てない?」
紗也が2人に聞いて来た。
「えっ、うっそー。マジ。ちょっと見に行こう」
興味の程度違えど、関心の向く方向が一致した3人は、さもその辺りに何か用事があるようなふりでちょこちょこと移動し、「あれ、有美先輩どこかな」とさも先輩を探すふりをしながら辺りを見回し、ブルーTシャツ君に近寄って行った。
そして素早くターゲットの顔面を確認すると、そそくさと、元の位置まで戻って来るやいなや、花菜と美和は紗也を捕まえて開口一番声を合わせて言った。
「「ぜんぜん似てないっ」」
「えー似てるよ。目元が似てると思ったんだけど」
紗也がムキになって2人に言い返した。
解った解ったと慌てて花菜と美和がとりなす。
紗也が機嫌を直すと、美和がキューピット役をかって出た。
紗也と花菜は少し離れた所から美和の様子を見守る事にして、「任せて。上手い事やるから」と自信満々な美和がターゲットグループに近寄った。
「ねぇねぇ、そこのマヨネーズ取ってもらえる」
まずはターゲットの友達に声をかける算段らしい。
その男の子は、サッと目の前のマヨネーズを取って「あ、これでいい?」と美和に手渡した。
「サンキュー。私、今日初めて来たんだけど、友達が入ってて誘われてさ、えっと、今日が初めて?」
さり気なさを装って質問した。
「あっ、うん。まぁ初めてかな。先月に見学に行って、イベントに参加するのは今日が初めてだよな」
ターゲットの友人は、後ろにいる2人の男子学生に振り返り、うんうんと同意しながら答えた。
それを見て、美和が後ろを振り向き、花菜と紗也に手招きした。2人が側に来ると、
「3人とも初めて来たんだ。私は花菜に誘われてさ」
と花菜の腕をつかんだ。
「それで、花菜の友達の紗也ちゃん。私と花菜は英文なんだけど、紗也ちゃん、何だっけ」
今度は紗也の腕を引っ張りながら言う。すると「経済」と紗也が、もじもじしながら引き継いだ。
「えっ、経済なんだ。俺達も経済。俺は山本で、コッチが村元。でコッチが間島。」と嬉しそうに2人を紹介した。
と言う事は、紗也が狙ってるのは間島君なんだな。
花菜はニコニコと笑顔を振りまきながらしっかり確認した。
紗也達は、そのまま男の子達に合流してバーベキューを楽しんだ。
帰りには皆でラインも交換し、その日は「次は来月の花火大会だね」などと言いながら解散した。
「で、無事に目当ての男を紗也は見つけたわけだねぇ」
アイスカフェラテをぐるぐるとストローで掻きまわす美和がニ、と楽しそうに口角を引き上げる。
時はそのすぐあと、駅前のカフェである。
女の子には作戦会議が必要なのよ、などと意味深に笑う美和に引きずられた紗也と花菜は、男の子達と分かれた帰り道でカフェでお茶と言う名の作戦会議をする事にした。
日曜日の駅前のカフェは混み合っていたが、運良く1つだけテーブル席が空いていた。
ニヤニヤと笑う美和をよそに、グランデサイズのソイラテをノンブレスで吸引し続けていた花菜が、ズゴゴゴゴゴゴと地響きのような音を鳴らし終わり、「驚いたのはさ、」と言った。
美和はストローを回していた手を止めて、ん?と花菜に続きを促す。
「任せてって自信満々に言ったのが、あのマヨネーズ取ってって。まぁ上手く行ったからいいけどね」
びっくりしたわ、と花菜が美和に言うと「え〜。上手く行ったんだから。褒めて褒めて」と美和が花菜と紗也を笑わせた。
3人でメニューを見ながら悩んだ末、3人ともケーキを追加注文することにした。
注文した物が届き、食べ始めた時に、紗也が微妙に首を振りながら「やっぱり、間島君、竹内涼真に似てると思う。うん。似てるよ」と妙に納得したような表情で頷き言った。
花菜と美和は顔を見合わせ、お互いに「絶対に似てない」と無言で確認して、同時に「そうなんだぁ」と紗也に生暖かい笑顔を向けた。
紗也はそんな2人の様子に気付かないらしい。
「そうなんだよ」
確認するように頷いて話を続けた。
「それにね、間島君カッコいいけど、さり気ない優しさもあるんだよね。私がお肉取れなくて困ってた時、コレ焼けてるよって取ってくれたり…」
紗也は間島の話になると止まらないらしい。
花菜と美和は紗也がそんなに好きになっていた事に少しビックリしたが、喜んで協力を申し出た。
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