序章

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序章

「次の方お入りください」 声を聞いて早鐘を鳴らす胸をおさえ、ひとつ息を吐く。 恐る恐るドアを開けてそうっと中へ入った。 室内が意外にも明るかったことに一瞬意表を突かれる。 マンションの一室にしては大きくとられた窓にレースカーテンが春風に巻き上げられて部屋に健康的な光と影を作っている。 やわらかく差し込む陽光に目を数回瞬かさせると、部屋の奥に座る女性と目が合った。 思わず、あ、と小さく情けない声が出る。 女性は私の緊張を察してか、ふ、と柔らかくほほ笑んだ。 「どうぞお掛けください」 薦められるがままソファに腰掛けた。部屋に入ってからずっと俯きがちだった顔を少し上げて周りを見渡す。 あれっ………? 思ってたのと違う。 占いなんて来たのは初めてで、知り合いに紹介されて予約したものの、正直に言うとなんだかちょっと不安だった。 占いの館なんて、なんだか薄暗い部屋に水晶玉とか置いてあったり、他にも胡散臭い物が置いてあるんだと思っていた。 でも、ココは窓も開けてあって明るいし、6畳程の部屋に明るいベージュのラグが敷いてあり、茶系のチェックのソファとテーブルが置かれている。 居心地の良さそうな部屋だ。 私が座って部屋を見渡していると、少し待っててね、と言い残しキッチンへ女性が向かう。 私がよほど不安そうな顔をしていたのか「どうぞ、これでも飲んで落ち着いて」とコーヒーの入ったカップがテーブルに置かれた。 「ありがとうございます」 まじまじと目の前の女性を見ると、これまた想像してた占い師さんのイメージとは違って、普通のおばさんといった雰囲気の感じの良い人だった。 例えるなら高校時代の友達のお母さんみたいな。 すごく不安だったのが、ちょっと落ち着いて来た。 コーヒーを一口啜る。 あ、おいしい。 口の中に広がる嫌味のない苦みと香りに、胃の辺りに入っていた力が程よく抜けていく。 「あの、正直こういう所に来るの今日が初めてなんですけど、あの、あの、なんていうか、お手柔らかにお願いできますか。」 占い師は、ん?と小さく首を傾げた。 「もし何か悪い物が見えてもソフトに伝えて貰えたらなって………」 変なお願いしてすみません。 思い切ってずっと不安だった事を言って見る。 占い師は、ちょっと驚いた顔をしたが、その後すぐに可笑しそうにクスクス笑った。 「あらぁ、あなたの期待に応えて脅かしてあげたいのは、やまやまなんだけどね、私、そのタイプじゃないのよ。ごめんなさいねぇ」 まだ可笑しそうににクスクス笑い、「四柱推(しちゅうすい)命(めい)って聞いた事あるかなぁ」と聞いて来た。 四柱推(しちゅうすい)命(めい)。 聞いた事はある。でもホントに聞いた事ある程度だ。 そのまま伝えると、そうなの、じゃあ良かったわと喜色ばんで言った。 「予約の時に生年月日と産まれた時間を聞かれたでしょ、四柱推命って、産まれた年、月、日、時間で占うやり方なの。年、月、日、時間の4つだから四柱推命なの」 これ、意外と知られてないのよと占い師は続けた。 「あなたが思ってた占い師ってよくテレビで見るようなスピリチュアル系でしょ。四柱推命は統計学なの」 中国の大学には学部もあるの。安心させるようににっこり微笑んだ。 「じゃ、簡単に四柱推命の説明をしたほうが良いかしら。そのほうが、あなたも自分の事聞く時に分かりやすいものね」と表紙に龍の絵があるメモパッドを取り出した。 「四柱推命はね、4つの五行(ごぎょう)と十二支(じゅうにし)の組合せなの。 まず十二支の方からが分かりやすいかな。 例えばね、今年はイノシシ亥歳でしょ。あなたも亥歳産まれの24歳ね、私は未(ひつじ)歳産まれの51歳。ほら、普段から干支(えと)、十二支で年を表すでしょう」 そうね、と考えるそぶりをして、占い師はメモ帳を軽い音をたててペンの先で数回叩き、表紙の部分をぐるぐると空でなぞっている。 自然とペン先の描く軌跡の上に描かれた不思議な文字と絵の組み合わせに目が行く。 円型になるように並べられていく文字に、私は何が書かれているのか見当もつかず、ただじっと占い師の指先を目で追った。 「こんなふうに月も表せるのよ。亥(い)月(づき)も或るのよ。もちろん他の干支の月もあるし、日にちも干支で表せるの。ちょっと難しいかしらね」と小首を傾げた。 占い師はメモパッドをくるりと回して表紙を差し出した。 cb183a1a-e010-4f7c-8dcf-2e2c7e9b0f25       子      亥 丑     戌   寅    酉     卯     申   辰      未 巳       午     「これを時計のように見てみて 子(ねずみ)が12で午(うま)が6というふうに。 今月は4月だから辰(たつ)月(づき)なの。 7月だと未月(ひつじづき)ね。厳密には少しズレるけど、だいたいそう。 暦が十二支で表せるのはわかったかしら。 次に五行(ごぎょう)の説明すると、名前からも判るように5種類あるの。 木、火、土、石、水の5種類。 この5種類にそれぞれ陰陽があって全部で10ね。これも書くわね。       陽   陰   木   甲   乙   火   丙   丁   土   戊   己   石   庚   辛   水   壬   癸  これが十二支の前に付くの。 例えば、今年は土の陰の方の己(きど)が付いた己亥の歳。 今月4月は土の陽の方が付いた 戊辰(ぼどたつ)の月なの。」と説明すると「ちょっと難しいかな」と聞いてきた。 「えっ、うん。ちょっと難しいけど、大丈夫です。理解します。 どうぞ先を続けて下さい」 占い師が書いてくれたメモをなんとか理解しようと、ふんふんと頷く。 「あら、本当に。それなら」と話を進めた。 「それでね。年、月、日、時間の4つ出した中で日の五行が何かっていうのが重要なの。それが、その人自身を表すのよ。 あなただったら、乙(おつぼく)ね。木の陰 お花ってことよ。 これが、陽の甲(こうぼく)なら大木ね。 この日の五行のことを日干(にっかん)て言うんだけど、日干からみて他の7つが、どういう関係かを観るのよ。 皆さん大好きな「財」の星だったり、仕事や旦那様の「官」の星だったり、ねっ」とニコッと笑った。 「ところで、あなたは何の相談で来られたのかしら」 何やら色々書いてある用紙を見ていた目を上げて微笑んだ。 実は、一度も男の人とお付き合いをした事が無いと言うと、 「あぁ、ハイハイそうなのね。24歳の今まで彼氏が出来た事がないのね。あぁ、ふんふん判るわ。アナタ旦那様の星「官」がないのね。 あっ、イヤイヤ大丈夫よ。そんなに落ち込まなくても大丈夫。 逆にね、この官が多すぎても困った事なのよ ウチの娘の同級生なんだけどね…
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