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「あの奥さん、どう思う?」
「……へっ!?」
事件現場だったあの邸宅を出て坂道を下ってしばらく経った頃だった。
話しかけるのも憚られるような難しい表情をして、なにやら考え耽っている様子の鳴神先輩に声を掛けられたのは。
隣を並んで歩いていた鳴神先輩に急にそんなことを訊かれて、驚いてしまった私は変な声を出してしまった。
鳴神が話しかけづらい雰囲気を纏っていたというのもあるが、私がどうしてそんなに驚いたのかというと……。
実は、さっき私たちを見送ってくれた奥さんの鳴神先輩を見つめる熱い視線と、泣いてしまった奥さんの肩を優しく支えてあげていた王子様仕様の鳴神先輩の姿を思い返しては、緑地公園でのあの“キス”の時の対応との違いに、少しばかりショックを受けていたからだった。
それともう一つ。
――もう少し、意識してくれてもいいのに……と。
そんな邪念だらけの私の心情なんて露も知らないだろう鳴神先輩は、未だ悶々としてしまったいる私の肩を掴んで自身の方へと引き寄せると。
首を傾げた鳴神先輩が、放心してしまってる私の顔を覗き込んできて。
ワザとらしくフウと盛大な溜息を零した。
私がその近さに、また動悸を激しくして息苦しさに苦しみながらも、それを鳴神先輩に気取られない様に必死に頑張っているというのに。
一方の鳴神先輩は、呆れ果てたっていう表情を隠すことなく露わにして、
「お前なぁ? 刑事の勘っていうのは、別として。お前が気になって仕方ないって表情してたから折角色々訊いて時間稼いでやったっていうのに、お前、何やってたんだ?」
微動だにできない私を見据えて問いただしてくる。
のだけれど、鳴神先輩が私の言葉を気にかけてくれていたということが分かった途端、単純な私の脳内はたちまちお花畑に変わっていて。
自分のことだというのに、それがどうしてなのかまでは分からない私は、当然のことながら恋愛経験がなかった。
「……え? だって、そんなこと言われても分かんないですもん」
「お前、ほんっとうーに鈍いヤツだな? もういい。本庁に帰ったら、俺が言うことをお前は報告書にまとめておくように」
「えー、また私がですかぁ?」
「嫌ならBL本のことバラすけど、いーんだな?」
「あっ、ズルイ。またそんなこという」
「うるさい。お前は俺の奴隷なんだからしっかり働け」
「もう、分かりましたよ。やればいいんでしょ? やれば」
「おー、やっと分かったか? よしよし褒めてつかわす。これでなんか飲み物買ってこい」
鈍い私は、自分の気持ちに気付くことなく、なんやかんやいいながらも、後輩想い?の心優しい?鳴神先輩に貰った小銭を手にせっせと飲み物を調達するために近くの店へと向かった。
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