歓迎会のその後で

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 その店というのは、警視庁の最寄り駅近くの『超快速』という、確か人気ダンスユニットかなんかのグループ名がまんま付けられた店だった。  確か、ライブのチケットも秒速で完売しちゃうほどの人気アーティストだったはず。  なんともネーミングセンスのない割には、しっぽりとした和の雰囲気が漂う白木造りで。  仄かに木の香りが香ってくるような、そんな気までしてくる、意外にも落ち着いた、いい雰囲気の店だった。  なんでもここのオーナーは、数年前に警視庁を定年退職した捜査一課の刑事だった方の奥様らしい。 「おー、やっと来たなぁ? 鳴神、御手洗、こっちこっちー!」  店員さんに案内してもらった個室には、もうすっかり出来上がっている熊……もとい、班長鬼塚が年配の見知らぬ男性と肩を組みながら手をブンブン振りながらにこやかな赤ら顔で出迎えてくれた。  テーブルを挟んだ真向かいの席には、二人とは少し距離を置くようにして、席を陣取っている吉沢主任と腰ギンチャクの筧の姿があって。  筧が吉沢主任に媚を売るように、 「吉沢主任のメガネっていつ見てもカッコいいですよねぇ?」 なんていいながら、吉沢主任が持っているグラスにビールをなみなみと注いでいる。  一方の吉沢主任も満更でもないのか、はたまた若い男に注いで貰うお酒が美味しいのか、否、きっと両方に違いない。  それを裏付けるように、嬉しそうな顔同様、だらしなく緩み切った口元に冷えたビールの泡を付けつつ喉に流し込んでいるようだ。  そしてその光景をなにやらニヤニヤしながら楽しげに、カクテル風のカラフルな液体の注がれたグラスを片手に、こっそりと横並びに少し距離をとって座る吉沢主任と筧に向けてスマホをかざしているのは、夏木先輩で。  それを二人に見えないようにうまく隠しているのは、夏木の下僕である松坂だった。  ――刑事が隠し撮り?  初めて目にするなんとも異様な光景に困惑しつつ立ち尽くす私に、鳴神先輩から、 「ほら、こっち」 と呼ばれて視線を向ければ。  いつのまにか鬼塚班長が奥に詰めてくれて、手前のスペースを二人が座れるようにしてくれていたようだった。  こうして、今宵の宴の主役である私は、若干の不安を抱きつつ、仲睦まじい?バラエティーに富んだ班の先輩刑事プラスOBと一緒に、鬼塚班長の長たらしい挨拶を聞き流しながら美味しい料理とお酒に舌鼓を打つことに意識を集中させることにした。
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