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鳴神先輩のお陰で、事なきを得た私が酸欠状態だった肺に大きな呼吸を繰り返して酸素を取り込んでいると。
助けに入ってくれた鳴神先輩はさも何事もなかったかのような様子で元の席に戻ろうとしている。
……と、そこへ、まだまだ言いたいことがあるって様子の夏木が反撃とばかりに待ったをかける声が聞こえてきた。
「ちょっと待ちなさいよ、鳴神。あんた殺人なんて人聞きの悪い。ちょっと酔ってふざけてただけじゃないの……って、あら? 鳴神、女嫌いのあんたがいくらコンビだからって、女である御手洗さんを助けるなんて、何? あんたたち、そーいう関係な訳?」
いつの間にか、夏木は逃がさないとばかりに鳴神先輩の手首を掴んでいるのが私の視界の隅に入ってきて。
それと一緒に、私の耳には夏木の声が耳に流れ込んできたのだが……。
話の流れがなにやら可笑しな方向へと向かってしまっている。
それだけじゃなく、夏木の放った『そーいう関係』という言葉で浮かんできてしまうのは、昼間のあの鳴神先輩とのキスのことだ。
それを思い出してしまった私の唇には、鳴神先輩の柔らかな唇の感触までが蘇ってしまう訳で。
酔いも手伝って、私のつま先から頭のてっぺんまでが真っ赤になって、今にもマグマを吹き出してしまいそうだ。
そんな脳内お花畑の私に、まるで頭から冷や水を浴びせるようにして、鳴神先輩の口から、直後落ち着き払った抑揚のない冷たい声が放たれた。
「女の人って、どうしてなんでもかんでもそーいう色恋の方に話を持っていきたがるんですかねぇ……。俺はただ、静かにしてほしかっただけです。夏木さんも、もういい歳なんですから、いい加減、そーいうのやめてくれませんか?
でないと『コレ』、鬼塚班長と吉沢主任に見せちゃいますよ?」
これまたいつの間に撮っていたのか、夏木と松坂が萌え萌えショットを収める様子が捉えられた動画らしき映像が映し出されているスマホの液晶画面が夏木の目の前に掲げられていて。
それを見た夏木と松坂がカッチーンという音が聞こえてきそうなほどに、顔面蒼白にして硬直してしまっている姿が私の視界いっぱいに映し出されている。
「夏木さんも松坂さんも、お酒は静かに呑んでくださいね? それから、てあらい、お前ももう呑むな」
「……は、はい」
鳴神先輩の有無を言わせない高圧的な物言いと雰囲気に、さっきまでの脳内お花畑なんてどこかに吹き飛んでしまった私は、返事を返すのが精一杯だった。
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