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憎悪からの招待状
「それくらいにしておかないかぃ」
語り部の翳を引き止めるように、柔らかな声が僕達を包んだ。
振り返ると、マスターが隠の横に立っていた。
何処かの申し訳なさそうな、居心地の悪い表情は、初めて見ると言ってもいい程に、見覚えのないものだった。
「これはこれは。あの頃は、大変お世話になりました」
翳は気味の悪い笑顔を見せて、首を斜めに傾けた。
「そうそう。貴方ですよ。貴方の横槍が我らの運命を引き裂いたんですよ」
横槍。
言いかけていた文脈の中にあったワードだった。
つまり、地震が起きた後、僕達のところに現れたのは。
「貴方が明を連れ去ったせいで、こうして浮世をいつまでも彷徨う羽目に」
翳から、悍ましい程に妖気が、否、似ても似つかないものが漏れる。
怒りや怨みをより濃ゆく濃ゆく煮詰めたような泥々とした怨恨。
穢れに近いがもっと対象を伴った、言葉を当てはめれるとすれば、憎悪。
これが本当に僕の半身だったのか。
「それについては悪かったと思っているけれど、あの時は1人しか助けることが出来なかったんだ」
マスターの表情は変わらず、声色もいつもより重厚で、なにか後ろめたいようだった。
「いやいや、助けを求めたかな? 我らはただ燃え散りゆく運命だったはずだ」
「そんなことはない。神社は失ったが、人々の信仰を取り戻せばやり直すことだってできた――」
「そんなことが聞きたいんじゃないんだよ!」
翳が声を強ばらせる。
大気を揺るがす程に、膨れ上がった憎悪は、もはや人間でも視界に捉えられるであろう程である。
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