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「明もはよ化けんかぃ」
「僕は化けるじゃないよ、妖怪じゃないんだから」
「またつまらんこというて」
隠はまた欠伸で口を大きく広げる。
口からは妖気が自然と立ち込める。
妖気が十分に満たされている証拠だ。
「それじゃあ」
「あ、あの長たらしい詠唱いらんで。なしでもいけるやろ」
これだから隠は苛立たせる。
たしかに出来なくはないが、妖怪のように妖気があればよいというものではない。
そもそも『狛犬』は、神や王に仕え守護するものであり、僕の場合は、神に仕えることでその存在を保っている。
故に隠が詠唱と呼ぶものは正式には『言霊』と呼び、神の御体に刻まれた言霊を心に刻むことで神力を借りるというものだ。
つまり言霊なしでは全力で臨めない。
「僕のやり方もあるんだけど」
これには完全に無反応で、夜空になりそうな日没を楽しむように尻尾を軽快に振っている。
さすがの僕も言葉を失ったが、隠がいるのだから、必要ないと言えば必要ない。
戸惑いながらも狛犬へと姿を変えた僕に隠が嫌味を小さくこぼす。
「どこが狛犬なんよ。明らかに犬っぽいわ」
それは神社を守護する目的で置かれている阿吽像をさしているなら、正に検討違いだ。
「神社の狛犬は日本人が想像上でつくりあげ――」
「あー。わかったわかった」
舌で前脚をざりざりと不快な音をたてて舐めて、耳の裏側を撫でるように毛繕いをしてみせる。
ここまでペースを乱されるのは久しぶりだが、昔はいつもこうだった。
優希が来るまでは。
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