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君の青色番外編 彼女を待っている
(この話は、「君の青色」第二部青空までまっすぐに・第2話のサイドストーリーです。体育祭練習を終えて帰宅途中の真純を、谷崎が待っているところ)
谷崎蒼は公園の入口近くの自動販売機で、どの飲み物を買おうかと考えていた。
自分のものだけなら、そう悩まない。欲しいのは、もうすぐこの公園を通りかかるであろう、原田真純のための飲み物だった。
真純の好みは、甘いものだ。それも甘ければ甘いほどいい。彼女からすると、砂糖のひとかけらも入っていない苦い飲み物は、「大人だなあってあこがれるけど、私には絶対に無理」な存在であるらしい。
谷崎自身は味をそれほど気にしたことがない。よく飲む無糖のコーヒーも、味がどうというよりは、頭がすっきりする、という利点があるから選んでいる。
少しでも大人に近づきたいからという理由で、砂糖を入れずにコーヒーを飲んでみたときの真純を思い出すと、今でも笑いがこみ上げる。
口をすぼめて眉をぐっと寄せ、しばらくの間ぴくりとも動かなかった、あの姿といったら。そのあと苦いものをなんとか飲み下し、涙目でこちらを向いたときには、もう谷崎は笑い声を抑えられなくなっていた。
笑いすぎだ、ひどい、と真純にはさんざん怒られたが、谷崎としては、真純のリアクションで飲み物を噴き出しそうになってしまうこちらの身にもなってほしい、と訴えたいところだった。
真純といるときは、飲み物を口に含むタイミングに気を遣わなければならないのだ。これまでにも服や鞄や机、ついでに谷崎のささやかな品位など、色々なものが被害に遭っていた。
……考えが逸れてしまった。ゆるみかけた口を引き締め、谷崎は本来の目的を思い出す。
運動をしたあとで水分が摂れているかどうかも心配だ。今回は彼女の好みよりも、水分と栄養分が補給できるスポーツドリンクにしよう、と決めた。
ようやく買い物を終えた谷崎は、スポーツドリンクのペットボトル二本とともに、ベンチに腰掛ける。
眼前の川は、陽光を反射してきらめいていた。水面の光を効果的に撮るにはどうすればいいか、なんてことを考えつつも、気持ちはすぐにペットボトルへと引き戻される。
ただベンチに座っていたなら撮影中だと言い訳も立つが、飲み物を二人分準備しているなんて、原田を待っていたのが丸わかりじゃないか。
恥ずかしさをにじませながら、谷崎は胸中で呟く。しかしその直後には、ばれてもいいか、と思い直した。
予想よりも真純の来るのが遅い。ということは、体育祭の練習を長時間続けているということだ。同じクラスの仲間がいるから大丈夫だと思ってはいるが、無理をしていないとも限らない。
自分の羞恥心より、真純の体調が大事だ。
真純が体育祭への参加を決めたときから、谷崎は手助けできることなら何でもしたいと思っていた。
体調を崩しがちな真純に競技をすすめたのは、本当に良かったのだろうかと谷崎は今も考える。心配は尽きない。しかし彼女ならやり通すだろう、という確信もあった。彼女は確かに強さを持っている。
半年前、谷崎は、何も感じたくないと自分で自分を狭い世界に閉じ込めていた。そこから引っ張り出してくれたのは、真純だ。
周りの人間に負担を掛けはしないかと悩みつつも、競技へ参加したいと言った真純を見たとき、谷崎はその強さを再確認したのだった。
遠くに、小さな人影が見えた。ゆっくりとこちらに歩いてくる。ちょこちょことした足の運び方。間違いなく彼女だ。
あわてて視線を外し、ただ休憩していたかのように振る舞う。彼女を待っていたと知られるのは、やっぱり恥ずかしい。
それどころか、彼女を待ち焦がれていた、なんて知られたら。
頬が勝手に熱くなってくる。彼女に見つかる前に冷まさなくてはと、谷崎はペットボトルを顔に押し当てた。
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