翼あるもの

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「クソだろうと何だろうと構わない。私は自分の安寧な未来など思い描いていない。世界を変えたいんだ」 「ハッ。テメエひとりで何を変えられるってんだ」 「ひとりだろうと百人だろうと、行動を起こさなければ何も変えられない」  思わずアデルは視線を戻した。フェルザーの目に、狼狽えた自分が映っていた。 「たとえひとりでも、行動を起こせば変わるものがある。私は今こうして君に対して行動を起こしている。君が同調してくれたら、ひとりがふたりになる。歩みは遅いかもしれないが、立ち止まっているよりはいい」  肩を握るフェルザーの手に、更に力がこめられた。彼、アデル・リュークヴィストは、頭の回転も相当早い。彼を手放したくない。 「もう一度聞こう。君はこの、差別と偏見に満ちた世界を変えたいとは思わないか? 誰に憚る事なく、この広い世界を、自由に歩きたいと──翔んでみたいと、思わないか?」  アデルの表情に、怪訝な色が浮かんだ。差別と偏見に満ちた世界、それは仕方のない事なのではないか。何十年と変わらず続いてきた、そうである事が当然の、不変の世界。それを、変える? 「テメエはなんでそんなに、半人半獣の肩を持つんだ……」 「肩を持っている訳ではないよ。今の世の中がおかしいと感じているだけだ」 「俺が同調しなかったら?」 「しばらくはひとりで頑張ってみるさ。けど君は私に同調してくれるだろう?」 「たいした自信家だな」 「根拠のない自信ではない、君の本心を知ったからね」  呆れ果て、つい溜め息がもれる。世界を変えるなど、この男は本気で考えているのだろうか。いや、この目付きは確かに、危険なほどに真剣だ。  この狭い駐屯地にさえ蔓延(はびこ)る差別と偏見。人間にはない翼がこの背から生えている限り、それは続くものと──どうにもならない事だと思っていた。そうではないのか?
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