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お金持ち(実業家)×平凡仕立て屋
二月(ふたつき)に一回程その方は、ぼくの店にやってくる。
祖父から引き継いだこの仕立て屋はぼくが主人になってからもうすぐ3年だった。
両親が亡くなったのは十五のときでそれから祖父とともにこの店をやってきた。
定時制高校に通いながら祖父の技を見て少しずつ覚えた。
まだまだ、教えて欲しいことが沢山あったのに、ぼくが二十歳のときに祖父も他界してしまった。
それからはこの店の従業員の唐沢さんと二人店を切り盛りしている。
幸いなことに、以前からのお客様が離れることも無く、店を続けることができている。
これも唐沢さんの技術のおかげだ。
けれど、いまどきオーダーのスーツを作る人は圧倒的に少なくて、新しいお客様は中々増えなかった。
けれどその中、うちの常連様になってくださったのが葉山様だった。
葉山といえば、医療機器メーカーとして有名な葉山グループの関係者だろう。
以前、唐沢さんが言っていた。
言われるまでぼくは医療機器メーカーに葉山と名のつく会社があることも知らなかった。
一度だけ、急ぎのお直しが発生して会社に届けたことがある。
ピカピカに磨かれたエントランスに思わず辺りを見回してしまった。
受付で葉山様の名を告げると受付の女性は「本部長でしたら……。」と話し始めて、その時初めて彼がこんな大きな会社の重要なポストについているということを知った。
勿論、お客様から名刺を頂戴することもある。
中には会社名義で購入される方もいるから、知らなかった方がおかしいのかも知れない。
けれど、事実ぼくはそのときまで知らなかったのだ。
そのときは代理を名乗るかたにスーツをお渡しして帰った。
数日後、葉山様はわざわざお礼にと来店くださった。
お礼にと渡された和菓子は上品な見た目と味で驚いた。
それから、というわけではないが定期的に店にご来店くださり、スーツ、ワイシャツ、ネクタイ、ご来店くださるときの格好から着用下さっているほぼ全てをうちでご用意させていただいている様だった。
その来店がいつの間にか楽しみになっていた。
待ち遠しくなっていた。
彼の涼しげな目元を見て、挨拶をするときの低い声を聞くのが幸せになっていたのだ。
関係に変化があることは端から期待してはいなかった。
身分、とまでは言わないけれど生きる世界が違いすぎるのだ。
男同士で、ぼくのような見た目も中身も平凡な人間が、上流階級の人間とどうこうなるなんて考えられない。
葉山様が選ぶ生地はいつも最高級のものだ。
それに対して、まだ一人前にもなれていない自分は不釣合いなんてものではない。
ただ、できればずっと葉山様が着る服を作っていられたら幸せだと思った。
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