6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
友達
「ノボルおはよう。朝だよ起きて」
登が目を覚ますと、登を覗きこむ大きな二つの青い目と目が合った。
「朝なのはわかっている。だが何故お前が俺をこんな朝っぱらから起こしにきているのかがわからない」
「だってお友達はこうやって起こすんでしょ?これに描いてた!」
アルは本棚から勝手に取ったであろう登の漫画の、幼馴染が体を呈して朝を起こす場面を見せつけてくる。
「それは俺の幼馴染というポジションでなおかつ異性でなければ成立しないんだ」
へぇ~と納得しているアルを尻目に登がデジタル時計をみると、数字は6:30と表示されている。夏休み初日に六時半に起こされるなんて、平日よりも起きるのが早いじゃないか。登はダルそうに起き上がった。
「てかお前、何勝手に他人の漫画読んでんだよ」
「じゃあこれは?どういう意味?」
「お前人の話聞かねーって言われね?」
眠い目を擦りながら差し出されたページを見てみると、主人公を起こしに来た幼馴染の女の子が無理やり布団を引っぺがした次のコマで、何かを見つけて顔を真っ赤にして主人公を平手打ちするという王道すぎる展開が繰り広げられていた。登の大好きな漫画だ。
「それはあれだ。あと数年したらお前にも解る時が来るから。それはもう突然にな」
「・・・うん」
アルは悲しそうに視線を伏せ、静かに漫画を閉じた。その動作をみて登は冷たくし過ぎたかなと後悔したが、次の瞬間アルは「わかった!」と元気よく立ち上がり、本棚の所へ走っていった。
「漫画っておもしろいね!色々読ませてもらってもいい?」
「貸してやるからとっとと帰れ。俺はまだ寝る」
「それは駄目だよ~お父さんが漫画は読んじゃ駄目だって」
ハッキリ帰れと言ってもどうやら帰る気は無さそうだ。登は観念してアルと会話をすることにした。
「あ、でも絵本は読むよ!今度貸してあげるね!」
「絵本?!いくつだよ。いらねーよ」
「そ・・そっか・・ノボルは大きいもんね・・絵本は読まないよね・・」
分かり易く目の前で項垂れてショックを受けているアルをみて、面倒くせぇなと思いながらも小さい子を無碍には出来ない。口は悪くても根は優しい子なのだ。
「じゃあ今度貸してくれ」
アルは嬉しそうに、「わかった」と、笑った。
「ねぇノボル。どの漫画がおすすめ?」
「ん?そこにあるのは全部おすすめだけど、お前が見るんだったら・・・うーん」
冷たくあしらっても懐いてくるアルをみて、登は悪い気はしなかった。登は一人っ子だから、兄弟に憧れていたのだ。
「まぁ夏休みっつってもどうせ暇だし、少し相手してやるよ」
アルの大きな瞳が真ん丸に見開く。
「ほ・・ほんとう?」
「ああ。圭介とな」
数時間後。
宮下家の玄関に圭介が立っている。
「悪いないきなり」
「全然!俺弟いるし!」
アルは登の後ろで隠れながら圭介を覗いている。目が合うと、圭介がにっこりわらった。
「俺、圭介。お前は?」
「僕は、アルフレッド。アルって呼んで!」
「よろしくアル!」
「よろしくケイスケ!」
「呼び捨てかーそうかー」
徐々に近づいていくアル。まるで警戒していた小動物が警戒を解き人間に近づいてくるようで、さすが歳の離れた弟を持つ兄は違うなと感心する。
三人は登の部屋へ移動した。
「で、アルは何がしたいんだ?」
そう聞いたのは圭介。アルはうーんと考え込む。
「僕、遊んだことないからわかんないよ~」
「え、一度も?」
登が驚いてベッドの上から身を乗り出す。
「うん」
「お前、友達いねぇの?」
「いるよ。ノボルと、ケイスケ」
「「!!!?」」
登とケイスケは部屋の隅で作戦会議を始めた。
「アルっていじめられてたのかな」
「いや、知らねぇけど、もしかして超箱入り息子とかなんじゃね?漫画も読んだことないって言ってたし」
「まじか。漫画読んだことない奴なんでいるんだ」
ボソボソと話している二人を不思議そうな瞳で見つめるアル。急に圭介が立ち上がり、アルの肩を掴んだ。
「アル。俺達が色んな遊びを教えてやるよ!」
圭介の後ろで登が、「俺はあんまり動きたくない」と言っている。アルはとてもうれしそうだ。
「ケイスケ!セミ!あそこ!」
「しっ!ゆっくり近づくんだ!気づかれるなよ」
アルが虫かごを、圭介が網を持って、ゆっくりと蝉のいる木に近づいていく。
「おい」
登の声で、木に止まっていた蝉は飛んで行ってしまった。
「登!飛んで行っちまったじゃねーか!」
「あと少しだったのに~」
「ワリィ。でもほら」
登が差し出した手には、えげつないデカさの蝉が指から逃れようと懸命に鳴いていた。
「クマゼミじゃん!すげぇ!!やべぇ!!」
テンション爆上がりの圭介の隣で微妙な顔をしてクマゼミを凝視しているアルは、どうやら苦手な方みたいだった。登が「いるか?」って聞くと「いらない」と即答した。
それから毎日、川で魚を取ったり、部屋で一日中ゲームしたり、ダラダラ漫画読んだり、花火をしたり、アルはとても楽しそうだ。まるでやること全部が初めてかのように、大げさに喜んでいた。
アルは、今まで何をして生きて来たんだろう。
花火の明かりに照らされて、はしゃいでいるアルを、登は静かに見ていた。
雲一つない青空。
今年の夏は記録的猛暑で、40度越えの地域が点々と増え続けていた。そんな中、宮下家のインターフォンが鳴る。
「悪いなアル。俺達、これから大事な用事があるんだ。後で相手してやるから・・・」
ダイビングゴーグルを頭に着けて、サメの浮き輪を持ったアルが立っている。のけ者にされたことが悲しかったのか、元気無く返事をする。
「わかった、後で遊んでね」
無理に笑顔を見せて手を振って玄関のドアを閉めるアル。申し訳なく思いながらも登と圭介は今日を逃す手はなかった。だって今日は
「あら?今日は遊ばないの?」
オシャレをした悦子が玄関へ出て来る。いつもは履かないヒールを下駄箱から出している。
「そっそろそろ宿題やらねーと・・・なぁ圭介!」
「ああ!さっさろ終わらせてアルと遊んでやらなきゃいけねーしな!」
「まぁ!!素晴らしい心意気だわ!!今日のおやつは奮発しちゃうわね!お土産、楽しみにまってて!」
悦子が友達とショッピングに出かけるのだ。
「じゃあ二人とも、行って来るわね~!」
軽やかなステップで、出て行く悦子。玄関のドアが閉まり、鍵を掛ける登。車庫から車のエンジンの音が聞こえ、それが遠ざかって行く音を確認すると、二人は視線を交わし大きく頷いた。
タイムリミットは四時間。
それまでになんとしても任務を遂行しなければならなかった。二人はリビングへ移動し、部屋のカーテンをすべて閉めた。圭介が鞄からケースを取出し、登に手渡す。登はそれを慎重に開け、ディスクをBDレコーダーにセットした。その動きに無駄はない。ディスクは勝手に読み込みを開始し、やがて42インチのテレビにディスクの警告画面が映し出された。そして配給会社の名前に変わり、その後、ソファーに座ってモジモジしている女性が映し出された。
「おお、薙ちゃんっぽい!」
「だろ?! これ、マジヤベェって先輩がさ。しかもブルーレイでさ、色々やべぇって」
「やべぇマジ薙ちゃん!画質もやべぇ!動画と全然違う!」
「ごくり・・・・」
「・・・・やべぇ」
暗い部屋に控えめに響くいかがわしい男女の声と濡れた音により、二人のボルテージはマックスだった。
数時間後
圭介がリビングのカーテンを開けた。つよい光が二人を照らし、登は目を細め宙を眺める。
「BD、パネェな」
「あの先輩、いつもどうやって入手してんだろうな・・・あ、アルが水遊びしてる」
登も立ち上がり、外を見ると、アルがビニールプールで遊んでいた。
「アルって、何かの病気なんかな?ここには療養で来てるとか」
圭介が言う。
「まさか!だったらあんなに遊べなくね?」
そう否定したものの、登もそう思う時があった。アルはあまりにも世間知らずで、何も知らないから。
じっとアルを見ていると、こちらの視線に気づいた。圭介が掃き出し窓を開けてアルを呼ぶ。
「アルー遊ぼうぜー」
アルは立ち上がろうとしてふらつき、ビニールプールの縁に倒れ込んでしまった。二人は靴下のまま急いでアルの元へ駆け寄る。
「おい!大丈夫か?」
登がアルの身体を抱き寄せる。身体が熱いわけではない。どうやら熱中症でふらついたわけでは無いみたいだ。しかし登の服を掴むアルの握力は弱い。
「圭介!救急車!」
「駄目・・・呼ばないで・・・ちょっとフラフラしただけだから」
「でもっ」
「家まで、連れて行ってくれる?」
登はアルを抱えて掃き出し窓からリビングへ上がった。ソファーにアルを寝かせる。
「俺、タオル取ってくるから、登は水!」
言い終わらないうちに圭介が廊下に出て行く。登はキッチンへ向かう。
「アル冷蔵庫開けるぞ!」
返事も聞かないまま冷蔵庫を開けると、登は目を見張った。
「登!水!」
圭介の声に我に返り、ペットボトルのミネラルウォーターを取出し、アルの所へ戻る。アルを起き上がらせて、水を飲ませてやる。
「アル大丈夫か?」
「うん。ありがとう。心配かけてごめんね」
「本当だよまったく。びっくりしたじゃねーか」
アルは、心配してくれたことがうれしかった。
「でも、本当に大丈夫なのか?その・・身体とか・・」
「大丈夫だよ!!こんなに暑いの初めてだったから!!!」
「それならいいけど」
二人は登の家へ帰った。
圭介は何か考えているようだ。登も、冷蔵庫の事を考えていた。
「なぁ登」
「何?」
「さっきタオル取りに行った時な、なんていうか、すごく変だった」
「変って?」
「同じタオルが、たくさん袋詰めされてて、歯ブラシも一本ずつ袋詰めされててさ、ゴミ箱にも歯ブラシが沢山捨ててあんの」
「俺も、さっき冷蔵庫の中見たけど、水と箱しかなかった」
「箱?なんの?」
「わかんねぇけど、日付が書いてあった。明日の分とかも」
二人は黙り込む。沈黙を破ったのは圭介からだ。
「もしかしたら何かのアレルギーかも!食べられるもの決まってるかもしれねーし!」
「すげー潔癖なのかもしれねぇしな!」
「アルは外人だし、俺達とは違う習慣があるのかも!」
「そうだな」
本当にそうなんだろうか―――――
アルは他の同年代の子供よりも幼いような気がする。もしかして他の子供よりも成長が遅れているんじゃないのか?何かの病気で遊べなかっただけじゃないのか?
そこまで考えて登はアルの年齢を聞いてないことに気づいた。
「今度アルを遊園地に連れて行ってやろうぜ。ここにいるのは夏休みの間だけなんだろ?」
圭介に言われて思い出した。壁掛けのカレンダーをみる。アルはあと十日で帰ってしまうのだ。
最初のコメントを投稿しよう!