第三節 亜麻色の髪の少女

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第三節 亜麻色の髪の少女

「改めて――、ありがとうございました」  黒い外套(がいとう)のフードを脱ぎ払った少女は、改め、青年とアインとシフォンの三人に向かって深々と頭を下げる。そして、下げていた頭を上げると、三人を見つめ苦笑を浮かべた。 「今日の朝早く、この国に来たばかりなのに。来て早々――、急にこの人たちに絡まれちゃって……、困っていたんですよ」  少女は言いながら眉をハの字に落とし、ゴロツキたちをチラリと横目に見る。  一見すると少女の発した言葉は穏やかそうな物言いに聞こえたが、少女が昏倒しているゴロツキたちに一瞬だけ向けた瞳に――、どこか酷く冷めたものが含まれていたことを、青年は感じ取っていた。 「俺さ。絡まれ始めている辺りから見ていたんだけど。あんた――、何かこいつらを煽るようなことを言っただろ?」  少女の言葉と視線の違和感に引っかかりを覚え、青年は思わず口に出し苦笑いをしてしまう。青年の指摘に、少女は「う……っ」――、と。見られていたのかと言いたげな面持ちを見せる。 「いや、だって……。この人たちがワザとぶつかってきたから。『ワザとぶつかってきて、何を言っているんですか』って。そう言ったら勝手に怒り始めちゃって……」  その少女のしどろもどろといった言い分を聞き、青年はことの顛末を悟った。  少女に絡んでいたゴロツキたちは、所謂(いわゆる)“当たり屋”だったのだ。ワザと相手にぶつかっていき、難癖をつけて相手から慰謝料と称して金品を巻き上げる――。そのようなことをしていたのであろう。  そして運悪く、その“当たり屋”の標的にされてしまった少女は、それを正論として指摘し、厄介事に発展したのだった。 「こいつら、“当たり屋”だったんだな。来て早々に運が悪かったな、嬢ちゃん」  青年はそれらを察し、人当たりの良い印象を与える笑みを浮かべる。そうして、抜剣(ばっけん)したままだった剣を、右の腰に下げる鞘に納めた。  その青年の剣を鞘に納める動作を見ていた少女は、あることに気付き、内心で不思議に思う。 (――このお兄さん、()()()なのね。そのままで剣を扱うって珍しいな……)  剣というものは基本的に利き手に関係無く“左帯刀右抜き”という型を取り、左利きの者でも右利きの者同様に左側の腰に剣を(たずさ)え、右側の手で剣を振るうものである。  だので、この青年のように利き手に準じて右側の腰に剣を納め使用している者は、至極珍しい存在なのであった。  少女がそのことに物珍しげに見入っていると、不意に右手をグイッと引かれる。  驚いた少女が、自身の右手を引いた(ぬし)を見やると、先ほど助けた少年の一人――、アインが瞳を輝かせ少女を見上げていたのだった。 「姉ちゃん、凄く強いんだな。珍しい武器を使うしっ!!」 「ねっ!! 凄かったね、アイン君っ!!」  アインの言葉にシフォンも瞳を輝かせ、興奮した様を窺わせて口にする。  そんな少年二人の様子を目にし、少女はくすくすと笑った。 「ふふ……、ありがとう。この武器はね、棍って言うのよ。――“オヴェリア群島連邦共和国”の方で、凄く昔に伝わっていたっていう武術の一つなの」  少女は少年たちからの誉め言葉に照れくさそうにしながら、自身の持つ棍をアインに手渡す。アインは手渡された棍を、シフォンと共に珍しげにして見つめていた。 「これ、ただの木の棒なんだ……」 「こんなのを、さっき一振りしただけで……、おっさんが吹っ飛んでいったんだな。何か本当凄いな……」  棍を真剣に見入り、頭を寄せ合って語る少年二人を――、少女は微笑ましげにして見つめていた。 「――ところで、あんた。東の大陸の方の出身か?」  少女が静かにアインとシフォンの様子を見つめていたため――、青年はその会話の合間を縫うように話し掛ける。すると、少女は青年の問いに、驚いたような面持ちを向けた。 「そうです、けど。……よく、分かりましたね」  青年が投げ掛けた問い。その問い掛けを聞いた少女の表情が、先ほどまでの様子とは打って変わり――、どこか警戒心を帯びたものに変わった。そのことに気付いた青年は、触れてはいけない話題だったかと、内心焦りを感じる。  だが、青年は焦りの色を窺わせないように笑みを浮かべ、口を開く。 「別に変な意味とかじゃないからな。俺も一時期、旅をしていた頃があってさ。あんた、話し方に東の大陸の方の訛りがあるなと思ってさ」  頬を掻くような仕草を見せて青年が発した返答に、少女は「ああ、なるほど……」――と。納得した様を見せ、表情を緩めていた。  この世界は広いとは言っても――、使用する言語は万国共通語となっている。だが、地域によって、話し方に各々の訛りが聴かれることがあるのだった。  そのことを、旅をした経験を持つ青年は知っており、この少女の話し方に東の大陸で聞かれる訛り方があることに察し付いたのであった。 (この嬢ちゃん。何か、東の大陸の出身だって、バレると不味いことでもあるのか……?)  少女の見せた警戒心を宿した表情。それを目にして、青年は心中で考える。 (――まあ、女の子の一人旅っぽいし。何か()()()()なんだろうな……)  エレン王国は人の出入りの多い国であるため、女性が一人旅しているという話を聞くことも珍しく無い。そのため、青年はさして気にも留めなかった。そうして、深く踏み込んで事情を聴く気も無かった。  旅人に旅に出るに至った事情を聴くことほど野暮なものは無い――。それが、青年が自身の旅の間に培った信条の一つだった。 「なあ、姉ちゃん。姉ちゃんの名前、何て言うんだ?」  少女に棍を返しながら、アインは少女に問い掛けていた。その問いに、少女はキョトンと目を丸くする。 「私……?」  唐突にアインに名前を聞かれた少女は自分自身を指差し、問い掛けに問いで返していた。その問い返しに、アインは目を輝かせて頷く。 「――私の名前はビアンカよ。よろしくね」  少女――、ビアンカは名乗ると笑みを零す。 (――ビアンカ……?)  ビアンカの名前を聞いた青年は、その名前に眉を動かし反応を示していた。だが――、何故その名前に反応をしてしまったのか。それは、青年自身にも判らなかった。 (初めて会うはずなのに、な。ビアンカなんて名前の知り合いもいないし……)  青年は胸の奥に騒めくような感覚を覚え、小首を傾げつつ疑問を抱く。  しかし、青年のその疑問を払拭する前に、アインとシフォンが揃って自分たちの自己紹介を済ませていた。そうして、少年二人にビアンカは両手を引かれ始める。 「んじゃ、さ。ビアンカ姉ちゃん。この国に初めて来たなら、俺たちが案内してやるよ」 「うん、そうしよう。また変な人に絡まれるといけないし。僕たちが案内するよ」 「え? ええ?!」  突如、今度は少年二人に絡まれる形となったビアンカは、戸惑いの様相を見せる。だが、戸惑いながらも悪い気はしないようで、アインとシフォンの言葉に甘んじて乗る情態を青年に推察させていた。  そのビアンカの様相を目にして、青年はくつくつ笑い送り出す。 「それじゃあ、観光大使は任せたぜ。アイン、シフォン。俺はこいつらをしょっ引かなきゃなんでな」  未だに昏倒しているゴロツキたちを示し、青年は楽しげに笑っていた。 「おう。任せとけーっ!!」  アインは元気良く青年の声掛けに返すと、ビアンカの腕を引き――、まるで連行するように路地裏から連れ出していく。  ビアンカも苦笑いを浮かべながら、そのアインとシフォンに従う。その最中、はたと何かを思い出したように、ビアンカは歩みを進めつつ後ろを振り向いた。 (――そういえば、お兄さんの名前。聞きそびれちゃったな……)  アインとシフォンに手を引かれるまま歩み、後ろを振り向いたビアンカであったが――。  先ほどの青年は既に背を向けてしまっており、ビアンカから青年の顔は見えなくなってしまっていた。 (赤茶色の瞳なんて、久しぶりに見たから。ちょっと気になって……、落ち着かない感じがしたんだけど……)  青年の赤茶色の瞳に宿す、どこか優しげな雰囲気。それに対し――、ビアンカは胸の奥底で何かがざわつく感覚を覚えていたのだった。  それは――、ビアンカにとって、赤茶色の瞳を持つ存在がかつて大切なものであった故の、落ち着かなさでもあった。 (――まあ、名前を知ったところで。この国には長く居られないんだし。聞いても仕方ないか……)  ビアンカは軽く溜息を吐き出し、心中で思う。あたかも、自分自身に言い聞かせるように――。
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