川天狗のレガシィ

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川天狗のレガシィ

それは陰惨な事件と言う他無かったよ。 不具ある者が、人里離れた山奥に生涯閉じ込められる……今さら珍しくもない。元より彼らの存在は無かったものと扱われ、社会と隔離されてきたのだから。 なのに檻の中で生かし続けるのは何故? 「生きる価値」とは? 草木が眠る刻、雄叫びが山々に木霊する。 ウォォー… ウォォー… これを妖怪の仕業と片付けてしまう愚か者よ。忘れ去られた価値を乞いもがく声を聞け。 青年は「生きる価値の無いお前らは皆死ね」と狂喜し、檻の住人を次々刺し殺してしまった。 無惨。彼らは抵抗も儘ならないというに。 年老いた親らしき者たちは一様に、オイオイ泣き青年を罵ったが、待てよ。 まさか惚ける気か? たった数十年前だ。その手に余るからと彼らの命の行く先を、山奥の檻の赤の他人に委ねたのは誰。 世は青年を人に非ずと断罪した。鼻高々に青年の思想を、意気揚々と青年の血筋を晒した。『旅の者』とな? だからどうした。 ヤレ『旅の者』と結論し、皆そうして自らの後ろ暗さを誤魔化していくだけよ。 まだ気づかぬか。 『旅の者』が手を下してくれたのだ。(うぬ)らの代わりに。 カアァ…カアァ… 奇岩山の向こうの湖を見よ。美しいのだろ? 水と森と光の風景は癒しなのだろ? ならば癒されついでに聞くがいい。あれは人造の湖だ。その浅い歴史くらいは知っておるだろう。 (それがし)には見える。 醜いお前らの腹わたは、かつて大陸から来た労働者の人柱と区別無く、あそこにぷかぷか浮き沈みしておるのよ。 青年一人に咎を負わせ、湖は今年も花火大会の準備が始まった。 観光客を呼び込めと貧しいムラの期待を背負った湖上花火は、より盛大に打ち上げられるというが。 その正体は血祭り。打ち上がり飛び散った腹わたに歓喜しておる限りは、来世も来来世も気づくまいな。 人造湖のお陰で水脈が大きく変わり、命の地図が大きく書き換えられた。この川は住処とするには余りなドブと化してしまった。 「生きる価値」 大罪を犯した青年こそ、生きる価値が無い? 死ねと言う奴が死ね? 何やら偉そうにホザいた輩が大勢おったな。 だから(それがし)がムラを捨ててバサバサ飛び去る前に教えてやったのさ。 「じゃあ、君にはあるのかい?」
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