マカロンな彼とさくら色のあたし

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するとひとひらの迷子の花びらが、彼の頭の上に乗っかった。 取ってあげようか。 それともこのまま花びらの悪戯を眺めていようか。 さわさわ…… 我慢できない。取ってあげよう。 そっと手を伸ばし、髪の毛に触れないように気をつけて、指で優しく摘まむ。 ほら、花びらが頭のてっぺんに 得意げに証拠の花びらを見せた。 花びらはあたしの指から彼の指へ、お引越し。 「こいつらソメイヨシノってさ、クローンだから一斉に咲いて一斉に散るんだ。 春のパノラマは僕らのプログラムなんかよりよっぽど精密なシステム」 彼が息を吹きかけた花びらは、風に乗ってまたどこかへ。 「コンピューターみたい。知らなかった」 「でも山桜はもっとアナログだよ。 昔の日本の桜は気ままに咲いてたんだろうなあ」 「そういえば、春の山桜は群れて咲きませんね」 今度は彼があたしの髪に指を伸ばした。 頭がなんだかむずがゆくなった。 「面接の時、僕は木室さんが山桜に見えた。定番色の中にポツンと、でも凛として咲く桜」 「あ、あたしの髪にも花びらくっついてます?」 彼はただ笑い、首を横に振る。 「木室さん、桜色がよく似合うよ。 迷惑は承知だけど連れ出して良かった。 山桜 霞の間より ほのかにも…… うわ、なに恥ずかしいこと言ってんだろ」 あたしの髪から離れた手は、今度は自分の顔を覆ってる。間違いなく年上だろうし、入社してたら上司かも。 そんな人が目の前で、こんなにジタバタしてる。 あたし、その和歌は、続きも意味も知っています。 山桜が霞の間からわずかに見えた時みたく、ほのかに見つけたあなたのことを恋しく思ってるんだよ……でしたよね。 「柄にもなく、ヒトメボレ。また会いたい」 まだ顔は覆われたままだ。 何だろ、グイグイ引っ張っときながら、勝手に悶える。顔を逸らしたまま、また会いたいだなんて。 その右往左往する感情表現に、久しぶりに揺らめいたあたしは、さっきの紀貫之の下の句を引き受けた。 「見てし人こそ恋しかりけれ」 ・・・・・ 甘いマカロンと甘い(あの人)との戻らない淡い時間を回想する。 時季が過ぎればいさぎよく散る桜 いずれ散る桜にあなたが恋したせいだと せめてそのくらいの言葉1つでも遺せてあげられたら あたしの人生は違っていたのだろうか 花も実も葉も落とした枝が 今日も恨めしくあたしを後悔させる。 -続く-
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