マカロンな彼とさくら色のあたし

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マカロンな彼とさくら色のあたし

テレビのニュースによれば、景気はやんわりと回復傾向にあるそうだ。 それは何処か違う世界の人の話で、中堅未満のあたしにとって就活の向かい風は、予想以上に冷たく厳しいもので。 あなたの長所は あなたの課題は あなたが感銘を受けた本は あなたを雇用する当社のメリットは 今回もまた想定されるだろう質問パターンを頭で反芻しながら、スーツに着替えているところ。 自己分析なんてはっきり言って、もうこれ以上は豆腐メンタル崖っぷち。だから気合いを入れて勝負に出る。敢えてリクルートスーツ、ではなく 桜色のスーツに。 これがあたしらしさだ。 なーんて自慢出来るほどの主張があるわけじゃないけど、アパレルでもないITベンチャーの二次面接に、このスーツというエキセントリックな勇気はお買い得ですよ? まともに面接に臨んで連戦連敗なもんだから、もうヤケクソメンタルだったのかもしれない。 そして何がよかったのかわからないけど、内定とは世の中分からない。 へえ。こんなモンだったのか。 まさかスーツのおかげとか、ね。 気が変わって取り消されないよう内定式にもゲンを担いで桜色のスーツで参加した。 そもそもSEって業種、よく知らないんだけど。きっと一日中パソコンに向かってシステム作って、目、疲れる(←主人公の偏見です)。 あれだけ苦労した割にトントン拍子に正式採用へと進むことが不安になるあたしはバカだ。 ある日、一本の電話を入れた。 「一身上の都合で辞退させていただきます」 あーもー、バカどころじゃない 契約不履行の損害賠償請求モノだよ 白紙に戻してどうするの 何のウリがあるわけじゃないクセに 歯に衣着せない友人に罵倒された時は凹んだけど、求人情報誌をペラペラめくりながら、それでも不思議と後悔がなかった。 □ 結局、4月から始まった派遣暮らし。 今日からデパートの物産展の売り子を短期でやることになっている。 一抹の不安はあるけど、まあこの方が気が楽と言えば楽で。 何が? って、期間が過ぎれば後腐れなくバイバイできるのが。 「木室さん?」 売り子に励んでいる最中に声をかけてきた人は、誰だろう。休日の混み合ったフロア、そうでなくても慣れない仕事だ、正体を確認する余裕なんてないけど。 「春の新作マカロンを2種類とも2つずつ頂けますか?」 「かしこまりました。お包み致しますか?」 「いえ」 「ではご自宅用で」 「いえ」 マニュアル会話が成立せず、お客様の顔を見上げたら、彼はニッコリ言った。 「あなたのお仕事が終わったら、ご一緒に食べましょう。今日は夜桜が見頃です」 「あの……、1000円でございます……」 あたしの手のひらにはお札と携番を走り書きした名刺が載っている。当人の顔と交互に見比べた。 会社の名刺。内定蹴ったとこじゃん。 うわ……合わせる顔、ないし。 でも、ちょっとカッコいい人……。 超簡易包装のマカロンを手渡して型通りのお礼を言う間にも、お客様はひっきりなしにやって来る。だからそれ以上はときめくことを忘れ、 なんであたしの名前を? ああ、この名札か 彼の名刺を、貸与されたエプロンのポケットにしまった。あたしは売り子に集中するだけ。
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