渚町

2/4
前へ
/20ページ
次へ
 ……という所から、僕はひとつの考えに思い至った。  恋人の聖地を掲げるからには! 新婚旅行のメッカを名乗るからには! 「僕」自身が独り身ではあまりにも説得力がないのではないか!?  そうだ、せっかく熱海のロマンチックを代表する存在なのだ。誰かパートナーを見つけ、皆に幸せのおすそ分けをしなければ! この場所から、まずは僕が愛を発信しなければっ!  ひらめきを実行に移してこそ、できる男というものである。  というわけで、今日も今日とて僕は純白のタキシードを着こんで、親水公園付近にて白昼堂々と花嫁探しに勤しんでいたのだった。 「お嬢さん、僕のお嫁さんになってくれませんか」  颯爽と跪き、真っ赤なバラの花束を差し出す。  こぼれんばかりに白い歯を輝かせてプロポーズすれば、旅客の女性たちはたちまちぽっと頬を赤らめる。だがすぐに照れて走り去っては、遠巻きにきゃあきゃあ騒いで、それで終わってしまうのだった。  噂の美青年とか、波打ち際の麗人とか、そんな風に噂されても困ってしまう。謎多き美男子なんて柄じゃない。  そんなものよりもっと、曖昧であやふやで、恰好のつかないお気楽な存在―……。  僕は、渚町の泉都幻象だ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加