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遊覧船
僕が甲板の上で膝を掃っていると、ふいに頭上からくすくすと笑い声が降ってきた。
顔を上げるとそこには黒髪の清楚な美少女が佇んでおり、そして彼女はどうやら僕の事を見て笑っているようなのである。
慌てて居住まいを正し、そしてブーケの装飾をぴぴっと整えた。シャツの襟を直して……ゴホンと咳払いをひとつ。
白いワンピースの少女は見る限り十代のようだ。……けれど、結婚できる年齢には達しているだろう。
そう確信して、僕は跪き、彼女の目前に花束を掲げた。
「お嬢さん! 僕の……お嫁さんになってくれませんか!?」
高らかにプロポーズすると、周囲のカモメたちがいっそう激しく鳴き散らした。
白い羽が僕と少女の間をふわふわと漂う。
少女はその中できょとん、とした顔を見せ、そして、
「……ぶはっ」
何故か勢いよく噴き出した。
「え!?」
訳の分からない顔をしている僕を見て、彼女はさらに腹を抱えて笑い出す。
「あっはははは!」
な、何故だ!? 一体何がそんなにツボに入ったのだろうか。
バラの花束を片手に「?」マークを浮かべている僕を見て、彼女は尚もばしばしと自分の腿を叩いた。見かけによらず豪快な仕草である。
「あの、何か……」
「いきなり空から降ってきたと思えば……、まったく君は、」
おかしそうに息をつきながら、こちらを見すがめる。
「誰にプロポーズしてるのさ?」
少女は楽しそうに僕のネクタイを引っ張ると、自分の首筋に僕の顔をぐいと近づけた。
その瞬間、否応なしに嗅ぎなれた匂いが鼻を掠める。
「! ……なんだ、」
それは自分と同じ、温かく軽やかで、そして掴みどころのない、温泉郷の湯気の匂いであった。
「……東海岸町か」
目の前の少女が、満足げに目を細めて小首を傾げる。確かに、彼はこういう茶目っ気のある仕草をする男だった。
「いやまったく分からなかったよ、驚いたなぁ」
「ここだと、潮の匂いが強いからね」
「それにしてもその恰好はなんだい」
東海岸町はヒラヒラとワンピースを掴んで見せびらかした。
「うふふ、可愛いでしょう?」
「……似合っているよ」
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