遊覧船

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 そういえば近頃、海光町や東海岸町が女に姿を変えて遊んでいるらしいという話を、風の噂で耳にした。  我らはそもそもアルバイトで長時間女性(石像)の姿に変身している。なのに何ゆえわざわざプライベートでもそんな事をするのだろう。そう不思議に思っていたところだ。  率直に尋ねてみると、東海岸町はずいっと身を乗り出して僕の顔を覗き込んだ。 「興味あるの!?」 「え? いや、えっと」  ああともうんとも答えかねていると、東海岸町は片方の手を腰に当てて得意気に何やらぺらぺらと語り始めた。 「まぁ、僕も今までアルバイト生活を続けてきて、そこそこの収入でそこそこ楽しく暮らして、それで満足かなーと思ってたんだけどー。ある人にこの方法を教えてもらってから、生活が劇的に変わったんだよね。変わったというかむしろ、あるべき姿に戻ったっていう感じかな、すごく自然なんだよね。渚町はどう? 今の生活に不満感じてない?」  なんかこういう人ファミレスとか喫茶店で見た事あるな……と思いながら僕は曖昧に頷いた。東海岸町の顔の造形がたいへん可愛らしかったので演説の鑑賞には飽きなかった。 「大丈夫! やり方自体は全然難しいものじゃないから、誰にでもできるよ! 僕はこの方法で不労所得を手に入れました」 「……間に合ってます」  なんだか紙とペンでも差し出してきそうな勢いである。 「話だけでも聞いてみない? 僕の師匠とも言える第一人者が」 「海光町だろう、どうせ」  二人で何をしているのか知らないが、海光町の奇抜な発想には何度危ない橋を渡らされたかしれない。美味しい話には必ず裏があるのだ。そう、裏が…… 「……ん、そうだよ。君この間、咲見町にやたらめったら絞られてなかったかい?」 「うっ」東海岸町は顔を真っ青にして呻いた。 「あ、あれはたまたま不正がバレちまっただけで……。それにあの計画も城主様が余計なことしなければ最後まで気付かれずに済ん……」 「やっぱり”不正”なんだな?」 「あわわ違う違う! 創意工夫! ライフハック!」  少し前に、バイト先の銅像の前でシフトリーダーの咲見町が東海岸町をものすごい勢いで詰めていた光景を思い出す。普段から説教癖のある彼だが、その日は一味違う凄みがあったのだ。  きっと海光町の思いつきでろくでもない事をしでかしたのだろうと踏みつつ、僕は銅像からその様子を眺めていた。 「……ああ、分かった。もしかして今もサボってる途中なんだろう」  プロポーズ用の花束をわしゃわしゃと振って問い詰めてみると、東海岸町は半笑いで目を逸らした。 「懲りないなぁ」  相変わらずふわふわとした奴である。  隣町のよしみで、僕は彼の頭をぽすんとブーケで小突くだけに留めた。彼も彼で、バツの悪そうな笑みで照れ隠しをするものだから、どうにも憎めなくなってしまう。  海に面して隣合う彼のことは、仲間たちの中でもやはり、特に身近に感じるものなのであった。 「それにしても渚町、相変わらずプロポーズが下手だよね!」  そう、例えこんなことを言われたとしても…… 「いや聞き捨てならないな。さっき僕に花束を差し出されて、くらっと来なかったのかい」 「今どき花持って跪くなんて、ホラーだよホラー」 「ホ……」  衝撃の一言に、思わず持っていた花束を取り落としそうになった。 「は、花代だって馬鹿にならないんだぞー?」  バイト代の何割かは、プロポーズの費用に費やしていると言っても過言ではない。  根本的な部分で衣食住に気を回す必要がないため、僕たちの給料の使い道は趣味・娯楽一辺倒だ。それでも金のかかる趣味を持つ者は、首が回らずひいひい言っている事が多い。  僕はまぁまだマシな方で、目の前の彼なんかはバカンスを謳歌したがるため、いくらアルバイトしても貯蓄が潤沢になるという事はほとんどないらしい。この頃は何か怪しげなビジネスに手を出しているようだけれど……。 「ナンパなんて流行んないよー。今の時代、逆ナンでしょ、逆ナン」 「ナンパじゃなくてプロポーズ!」 「どっちにしてもさ……要は、パートナーが欲しいって事でしょ?」 「それは……」 「新婚旅行の模範者になりたい、そうだろ?」  そうだけど、と口ごもって頷く。  東海岸町はくるりと海に背を向けて、手すりに肘をかけた。掌を天に向けて、軽やかに言葉を続ける。 「それなら何も、”花嫁”を探さなくてもいいんじゃない?」 「……んん?」  東海岸町の言っている事の意味が分からず、首を傾げる。  彼は変化で得た艶やかな黒髪をかき上げ、潮風に晒すようになびかせた。  「花束を持った美少女からの求愛……なら、かなり需要があると思うけど?」 「……」  非常に、説得力のある姿であった。  そのうち船内から、階段を上がって一人の男が甲板にやってきた。両手に「かもめのえさ」をぶら下げている。  男がこちらを怪訝な目で睨むと同時に、東海岸町が彼の元へ駆け寄って行くのを見て、僕は得心してひとり呟いた。  呆気にとられたという方が正しいかもしれない。 「時代は逆ナン……ね」
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