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魔法使いになりたいと、小さな頃から思っていた。 鬱蒼とした人の寄り付かない、深い森の中にある蔦でおおわれた小屋。中は薄暗く、本や鉱石が乱雑に散らばっている。壁や天井には乾燥した草やイモリなんかがぶら下がっているとそれっぽい。メインはやっぱりグツグツ煮え立った黒い熱湯の入った大釜。 黒くて古くて薄汚い、フードのついたローブ姿で過ごす自分。 成長し大人となった今でも惹かれるけど、俺の憧れた魔法使いって魔女だよな。ほうきに乗って夜空を散歩するのが夢だったし。 「魔女」 「いや、女になりたいとかじゃないんだけどさ。でもなりたいのが魔女」 「魔女」 「魔女みたいになりたいってこと。もちろん男のままね」 「魔男」 「間男と勘違いしそうだねそれ」 「んー……森の中で一人暮らし出来ればいいのかな? んで魔力あればいいんだよね」 「そう言われるとなんか不安。森の中で一人暮らしって難易度高いかな? 主に食料調達的に」 「君なら大丈夫でしょ。では。成人男性の肉体。魔力増し増し。森の中の小屋。空飛ぶほうき。以上の希望を叶えることを返礼とする。お疲れ様でした」 「はは、ありがとう。お疲れ様でした」 闇に沈み、飛んだ意識が戻って目を開けた。 暗くてよく見えない天井を眺め、記憶の確認をする。 死んで、頼まれ、転生して、死んで、転生。三度目の生が始まったところ、であってるよな。 今回は特に頼まれたことはなく、自由にのんびり希望の魔法使いを楽しめるって話だった。 ゆっくり身を起こし、寝ていたベッドから降りる。 足をそろりそろりと動かし、窓を探す。程なくして見つけた板で出来た窓を押し上げ、目を細めた。 明るい光と、木々を彩る緑。 「……森だなー」 押し上げた板をつっかえ棒で固定し、部屋に視線を戻す。 少し大きいベッド。クローゼット。丸いテーブル。その全てが木製で質素な作りだ。 ひとつある扉を開けると、部屋と同じくらいの広さのホールがあり、壁側は天井まである棚になっている。 薄暗い中、棚に並ぶ古めかしい本や置物を眺め、ベッドにもなりそうなソファーに手を伸ばす。 「いい手触り」 口元を緩めてソファーを通り過ぎ、階段を降りた。 俺の想像したのは小屋で、三角屋根のボロい丸太小屋だったんだよ。二階建ては予想外だ。 でもほら、これタダだから。無料だから。つまりサービスなわけだから。 ちょーっと違うんだよなー、なんて思って緩めた口元は苦笑いのようになっていたかもしれない。 その気持ちが反映されたのか元からなのかはわかんないけど、一階は古めかしかった。 狭い正方形のワンフロア。明かりの灯った古めかしいランプが置かれている丸テーブルと丸イス。壁には二列の横長の棚。存在感のある暖炉に置かれた大釜の手前には座り心地の良さそうな揺り椅子がひとつ。 想像通りの魔女の家だ。 階段を降りて一歩踏み出した時に、ふわんとした空気の圧力を感じたのは、空間が捩れていたせいだろう。振り返ってもそこに階段はなく、壁があるだけだ。 確認のため手を出すと、やはり壁。寝室へと思いながら手を伸ばすと壁をすり抜けた。 「なるほど……いいサービスだ」 ランプのそばに置かれていた黒い革表紙の本を手に取り、揺り椅子へ向かう。 色々と確認したいところだけど、これ見よがしに置かれていたこの本を読むのが先なんだろうな。
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