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未完途中まで ゆえに 閲覧注意 未完嫌いは次のページにGO ♪ ♪ ♪ これまでの人生、こと恋愛に関しては流されて生きてきた。 僕は好きとか愛してるとか、そういう気持ちを持ったことがない。 付き合ってくれと言われれば付き合うのだが、相手に恋情を抱いたことがないのだ。 そんなものだから、大抵が相手に罵られて破局していた。 私のこと好きじゃないのね、って言葉の様々なバリエーションを僕は聞いている。 さてそんなことを思い出している場合ではない。現実逃避はやめにしよう。 僕の目の前には一人の男が立っている。つい今しがた、僕のことを好きだと言ってきた。 恋人がいないのなら、友達からでもいいので付き合ってくれないかと言われた。 ここ数年、僕に恋人はいない。彼の言葉をそのまま受け入れれば、友達からお互いを知りお付き合いへの流れになるのだろう。 だがこれはどうなのだろうか。今までのように付き合っていいのだろうか。 何せ相手は男だ。そして僕も男だ。付き合うイメージがまったく湧かない。 175センチの僕が見上げる長身。きっと190センチはあるだろう。 僕の二倍はありそうな体格は、なにかスポーツでもしていたのだろうか。筋肉もりもりな気がする。こざっぱりとした短めな髪はこげ茶で、顔は……まあ普通。でも目が大きいかもしれない。 流されていいのだろうか。今までの恋人には性別からしていなかったタイプだ。検討出来ない。 「突然すぎて答えられない。ひとまず保留にさせてください」 「えっ」 相手の驚いた顔に、保留では駄目なのだろうかと考える。 「すぐに答えを出せと言うのであれば、今回はご縁がなかったということで」 深々と頭を下げる僕の視界に、一歩後退した靴が映る。 「いえ、あの、ゆっくり考えてください。前向きなお返事を期待しております」 頭を上げると、相手はすでに背を見せていた。それを見送りながら悩む。さて、どうしたものか。 会社の喫煙スペースに一緒に来ていた同僚の黒江が、あっけにとられたような表情で僕を見ている。 「同性に告白されたのは初めてだ。今の人、知ってます?」 少なくとも僕は初めて見た。 煙草を一本取り出し口にくわえ、ライターをくれと手を差し出す。 「あー……営業の百瀬だな」 借りたライターで火を点け、深く吸い込む。 「もしかして有名な人だった?あの人、名乗りもしなかったよね」 「顔が必死と言うか、決死の覚悟みたいな感じだったからな。今頃どっかで悶えてんじゃねーの?」 ああ、伝え忘れかと納得する。百瀬、営業の百瀬。どうしたものか。 「友達からならいい、のかな。でもあのガタイで罵倒されたら泣いちゃうかも」 「なんで罵倒されんだよ。てかお前、男だぞ百瀬」 「そうなんだけど」 今までの恋愛遍歴を、黒江にざっと説明していたら百瀬が赤い顔で戻ってきた。 「すいません。これ、連絡先です。あの、お返事、待ってます!」 突き出された名刺を受け取り、ご丁寧にと自分の名刺も出そうとしたが、すでに百瀬は通路の彼方にいた。 「……なんかすげーな」 うん。なんか余裕のない人だったな。 百瀬の名刺を弄りながら、どうしたものかと考える。正直、男同士で付き合うイメージがなさすぎて途方にくれている。 女と付き合う感覚で相手をすればいいのだろうか。 会社帰りに飲みに行ったり、食事をしたり?休日に買い物や映画に付き合ったり? それくらいならいいのだが、セックスはどうするんだろう。体格的に僕が抱かれるのだろうか。たぶんそうだと思うんだが、アナルは使ったことないんだよなー。 女だとそこを使う必要はないし、そもそもでそこまで盛ってもいないし。いつもそういう雰囲気になったら流されて抱く、ってのがパターンだったからな。けっこう面倒だったりする。 喫煙所を出て、自分のデスクに戻り仕事を再開する。 ゲイの知り合いでもいればよかったが、いない。となると自分で調べるしかないのか。……面倒だな。 もらったばかりの名刺を取り出し、内線で営業へと繋ぐ。百瀬は外回りに出ているそうなので、戻ったら連絡するよう頼み、自分の仕事に集中することにした。 その日は百瀬が帰社するより、俺が帰宅するほうが早かった。 翌日、仕事前の一本だと喫煙所で白煙をまき散らしていたら、百瀬がやって来た。 「青木さん、おはようございます」 「おはようございます」 デカい図体を小さくしながら、笑顔で挨拶してきた百瀬に返事をし観察する。……この人あれっぽい。なんかあれっぽい。 「百瀬さん、熊みたいですね」 愛嬌があってよろしいのではなかろうか。僕とは系統が違うがそれなりにモテそう。と言うより、遊ぶなら僕で結婚するなら百瀬とかって言われそうな気がする。 「あ、よく言われます。それで青木さん、昨日ご連絡いただいていたようですが」 視線をきょときょとと周囲に散らし、気もそぞろな百瀬の様子に煙草を灰皿へ捨てた。たぶんこれ、緊張してるんだろうな。 告白の返事待ちの女みたいだ。自信のない人なのだろうか。顔に自信のある女は挑むように見てくるんだけど、ダメ元で告白してくる女は視線が合わないんだよなー。 「実は男同士のお付き合いがよくわからないんですよ」 「あー……ですよね。その、すいませんでした。なんていうか、昨日はちょっと勢いで告っちゃって、迷惑だってのはわかってたんですけど、もう好きだーってなっちゃって」 「突進してきたんで驚きましたね。でも迷惑ではなかったですよ」 殴られるのかと思ってドキドキしただけで、用事は告白だけだったし。本当に、ただ驚いただけだ。 「そうですか?ならいいんですけど、ほんと、すいませんでした」 「いえいえ」 頭を下げる百瀬の肩を叩き、一緒に喫煙所を出る。 肩の力が抜けたのか、のんびり歩く百瀬とエレベーター前まで行く。営業は喫煙所のあるこの階だが、僕の部署は違う。 「じゃあ手始めにどうしましょう。帰りに飲み行きます?」 「え?」 驚いた表情の百瀬に、どうしたのかと小首を傾げる。少し考え、突然すぎたのかなと納得する。 「じゃあ、いつでもいいですので空いてる日にでも。来週まで僕は定時で上がれるんで、連絡ください」 ポーンと控えめな音をさせて到着したエレベーターに乗り込み、閉まる扉越しに驚いたままの百瀬へ手を振っておいた。 以上終わり
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