White striker

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White striker

「ここは俺に任せて、お前らは逃げろ!」  力の限り叫び、それでも目線はゴブリン達から外さない。 「嫌だ! ウィンを残して行くなんてできない!」  魔術師のジュナもまた大声で叫び、抗議する。  背後にいる悲壮な叫びは、恐らく泣いているのだろう。  でも、ごめん。  ジュナ、お前を助けるにはこうするしかないんだ。 「――ユッカ、頼む」 「――ああ」  弓兵のユッカがジュナに手刀を打ち込み、気絶させる音が聞こえた。 「これは貸しだぞ、ウィン。生きて、必ず返せよ」  そう言い残すと、ジュナを抱き上げたユッカが離脱する。  それを振り返ることなく感じ取ると、手にした剣と盾を握り直す。 「生きていれば、な」  ゴブリンが巣食っているという古城に踏み込んだ俺達のパーティは、その数に圧倒され追い詰められてしまった。  なんとかジュナとユッカは逃がしたが、俺は逃げられそうもない。  眼前には数え切れないほどのゴブリン。  確保した退路すらも、今やゴブリンが埋め尽くし、俺は完全に包囲されていた。  ここまでか……。  でも、まぁ。  仲間を逃がす為に殿を務める。  騎士見習(スクワイア)いの俺には、上等な最期かもな。  一人のゴブリンが棍棒を振り上げ、俺に襲い掛かるのが見える。  だが、もう手が上がらない。  周りには数体の死体。  不意打ちを受け、態勢が整わないまま応戦した痕跡。  それももう限界だ。  観念して目を閉じる。  あぁ。  一度くらい、ジュナの手、握っておくんだったな……。  直後、打撃音。  何かが潰される音。  自分の頭が潰れた音か。  意外と痛くないもんだな。  それに意識もある。  顔に何か液体が付着した。  生温かい。  でも、やはり意識はあるし、身体の感覚もある。  ……あれ、俺、生きている?  恐る恐る目を開ける。  すると、棍棒を持ったゴブリンは頭部を粉砕され、古城の中庭にめり込んでいた。  その頭には鈍く光る金属のブーツ。  踏み潰されている?  誰に?  ブーツの主はゆっくりと立ち上がる。  白いひらひらとした生地はマントでもコートでもない。スカートだろうか。髪は黒いふわりとしたセミロング。後姿でしか判断できないが、小柄な女性に見える。 「大量のゴブリン、臭いったらないですね」  凛としていて透き通る、可愛らしい少女の声。声とは対照的に、その内容には棘がある。  突然の乱入者にゴブリン達が吠え、手にした棍棒を振り上げて次々に襲い掛かる。 「自分の身は自分で守ってください」  俺に言い残し、乱入者はゴブリンの死体を踏みつけて、身体を加速させる。  乱入者の左脚の後ろ回し蹴りがカウンターでゴブリンに炸裂し、直撃した頭部が爆ぜる。即死したゴブリンは気にも留めず、己に迫る棍棒よりも早く二体目の獲物の腹部を貫手で貫く。  その時初めて横顔が見えた。  声から想像したとおり、あどけなさが残る顔の少女だった。俺やジュナよりも年下だろう。  整った顔立ちを、蒼い瞳が際立たせる。  とても一瞬で二体のゴブリンを屠るようには見えない。  身体を貫通させた右手を抜き取ると、ガントレットがぬらりとゴブリンの血で紅く染まっていた。少女がその血を振り払うと、ガントレットはブーツと同じように金属の光沢を取り戻した。 「薬で思考が麻痺しているのね、無様な」  小さく吐き捨てるように呟き、少女は再び戦闘に移行する。  恐ろしい程の速度で距離を詰め、正拳突きで頭部を打ち抜くと、ゴブリンの顔面が大きく陥没し、口、鼻、目、耳。あらゆる穴から血液が噴き出る。  側面から襲い来る新たなゴブリンは、左手刀の刃物のような鋭さで首を刎ねた。  三体のゴブリンが飛び掛かる。少女はその場から消えるような瞬発力で回避して、右脚の後ろ回し蹴りで、三体同時に頭部を吹っ飛ばす。  ゴブリン達は全て少女に向かう。俺のことなど最早見ていないようだった。  膝下までの長いスカートを纏っていても、一切の不便を感じさせない身のこなし。  容易くゴブリンを粉砕する脚力、吹き飛ばす腕力に驚嘆する。  そしてなによりそのスピード。  残像が見えるほどの加速と速度。  その舞う様な美しい戦いに、俺は魅入ってしまっていた。  ゴブリンの振るう棍棒は、少女にとって遅すぎて掠ることすらない。  しかし少女の攻撃は苛烈で、一撃一撃が命を刈り取る致命傷。  まさに死神のようだ。  一体のゴブリンが石壁の上から襲い掛かる。しかし少女の不意は突けない。宙返りと同時に繰り出すサマーソルトキックで、不用意なゴブリンの胴体は上半身と下半身に分断され絶命する。  着地地点を狙おうとしたゴブリンは、身体を捻り踵落としで頭蓋骨を粉砕される。  数の圧倒的不利があっても、少女は一箇所に留まらず常にゴブリン達の間を駆け抜け、その命を絶ちつつ、包囲を許さない。  ゴブリン達は、一体、また一体と死体へ変わっていく。  逆に少女は返り血一つ浴びず、息も乱していない。  ついにゴブリン達は、思い出したかのように知恵を使い始める。  遠距離から少女を仕留めようと、城壁の上から投石を開始する。  だが、統率の取れていない石礫など、当たるはずもなかった。  背中にも目があるかのように、背後からの投石すら華麗にかわし、城壁へと接近する。  そこから城壁の僅かな出っ張りを足場にしながら、壁を走るように駆け上がる。  成る程、あの身軽さなら外から城壁を登り、古城に侵入するのも可能な訳か。  城壁を登ってしまえば、あとは逃げ場がない分、より悲惨な殺戮現場へと化す。  迫り来る石礫を僅かに顔を逸らしてかわし、スピードを緩めることなく接近する。  懐に飛び込み繰り出したアッパーパンチは、ゴブリンの顎を粉砕しながら頭部を千切り飛ばす。  更に宙に浮いたゴブリンの死体が地面に落ちるより早く、後ろ回し突き蹴りで砲弾のように弾き出す。すると、奥にいた数体のゴブリンを巻き込み、絡み合うように転がる。  転倒したゴブリンにも一切の容赦をしない。  立ち上がるより早く頭部を蹴り飛ばし、振り下ろす手刀は頭部を縦に両断し、回し蹴りは的確に首から上を刈り取る。  瞬く間に更に三体の死体が出来上がる。  城壁の上にはまだ他のゴブリンが多数、居座っている。  常用している麻薬の影響で、恐怖や痛みの感覚が麻痺しているゴブリン達は、それだけの惨劇を見ても尚、少女と戦うのを辞めない。  無駄だということに気付くこともない。  それは、最早戦闘と呼べる代物ではなく、只のゴブリン駆除であった。
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