1、出会い

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1、出会い

チャプン… えっと… どうしてこんなことに…。 汗が出てるのは、熱いから?それとも、冷や汗? 俺は今、温泉に入っている。 ぶらりと入った立ち寄り湯。…の予定だったんだけどなぁ。 「マサくん…」 「ひゃいっ!?」 やべっ…。 声が裏返った…。 背中を向けていた後ろから聞こえたのは、さっき知り合ったばかりの人。 しかも、その人が失恋したばかりって知ってるから余計に気まずい。 このままじゃダメなのはわかってる。 「……はい」 勇気を出して振り返ると顔に出ていたみたいで苦笑いされてしまった。こんなつもりじゃないのに…。 「もしかして、今頃になって「どうしよう」って思ってたりする?」 ヨシさんと気安く呼ぶにはまだ何も知らない俺と彼。誤魔化しても無理だとKIDUITA俺は正直に答えた。 「…まぁ…半分ぐらいかな。 何に対してかは、わかんないけど」 俺の微妙な返答にヨシさんはクスクスと笑う。 「だろうね、でも…、嬉しい…。 どんな気持ちでもいいよ。 僕を一人にしなかったんだから。ごめんね、無理やり泊まらせたりしちゃって。」 ヨシさんは一瞬泣きそうな顔をし、隠すようにパシャリとお湯を自分の顔にかけた。 月明かりの下で見る彼が、涙を流しているような気がして、気がつけば側に近づいていた。 「…何?」 変な顔で尋ねられ、はじめて自分が彼との距離を縮めてるって気づいて驚く。 「うわっとっ!」 だって、綺麗だったから。 涙なんてそこにはないのに、涙を流しているように見えたから。 誰かを想って涙を流す彼に自分なら、そんな涙なんて流させないって思ったから。 さっきまでとは違う熱を感じ、そんな自分に動揺する。 性別という垣根なんてこの人の前ではちっぽけな気がした。この人をこれ以上、傷つけるなんてできなかった。 じっと固まったように見つめる俺を居心地悪そうにするヨシさん。 「…いい大人が振られて涙を流すのってやっぱり…カッコ悪いかな…」 カッコ悪いなんて思うわけがない。 綺麗で脆くて強がりなヨシさん。 出会ったばかりだけど、分かりやすい脆さがあるのだと気づく。 やべぇ…。 デロデロに甘やかせたいかも。 だけど、同性は無理とか言うんだろうな、こういう見た目が整ってる人は。 でも、また、涙を流すなんて許せない…。 ーーー! 「…マサくん…」 視線があった俺たちは見つめあっていた。目元にそっと指で触れようと近づいた。 ー! 触れる瞬間、彼がビクッと身体を震わせていなかったら…今頃。 自分の指を見て気持ちに気づいた。 「……今だけ…あなたに…触れても…って、俺は何を言ってんだ!」 戸惑う俺の耳に聞こえたのは、彼の震える息だった。 「……俺の失恋した相手。 男の人だったんだ。」 今度は俺が身体を揺らす番だった。 それって…。 「……あはは…。 自分でも驚いてる。 あれだけ悩んでコクって待って。 振られたって気づいて、それでへこんでたのに。 あいつのこと、好きだって想ってたの、…どっかいっちゃったぁ…。」 ヨシさんさんは、この時、笑いながら涙を浮かべていた。 「…触れて。」 ー! ヨシさんは、俺の手を握り自分の元に寄せた。 身体に走るぞくりと沸き立つ感覚が…いつの間にか、二人の距離を無くしていた。 濡れる瞳は、失った恋へと続くのか。それとも、見つけた幸せの形か。 月の明かりがゆらりゆらりとうつっている。 まだ、なにも知らない二人。 一時の熱と再開するまであと1ヶ月。 「……えっ。お前の兄貴なの…」 信じられないという思いと忘れることができなかった彼に会えた喜び。 だけど、彼は大人だった。 「……はじめまして……」 差し出された手はこれからの関係を築くための物。 だけど、相手の触れることができない熱を既に知ってたら…。 人は、知らない顔をして手を伸ばすことができるだろか。 彼は、ゼロのスタートを選んだ。 自分も合わせるべきか…。 俺は迷ったが一つの答えにたどり着いた。 手を伸ばして握手した。 「…なかったことには、しませんよ。芳春(よしはる)さん」 真っ直ぐに見つめた彼の目には、揺らぐものがあり彼も忘れてないと気づいた。 繋ぎ方を変え、身体を引き寄せた。
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