喪失

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喪失

 使い慣れたスケッチブックから紙を引き千切って、ゴミ袋の中へと乱暴に叩き込んだ。留め具に引っかかって外れないものは、真ん中から力ずくで引き裂いた。  長い時間を費やしたレンガ造りの街並みも、丁寧に色を付けた海原も、細かな紙くずとなってゴミ袋の中に消えていく。  未練が全く無いわけじゃないけど、少なくとも私を止めるには遠く及ばない。  足元にあったごみ箱を抱えて、中身を袋の中にぶちまける。灰色の塊と化した埃や髪の毛、お菓子の袋が紙きれの上に覆いかぶさる。この瞬間、かつて絵だった物たちは一つ残らずただのゴミと化した。ついでに色鉛筆が入った箱を手に取ると、袋の口を広げてから箱をひっくり返す。色とりどりの棒きれが箱から大量に溢れ出て、一本も残らずゴミと同化していった。  袋の口を何度も堅く結び、ずっしりと重いゴミを引きずって部屋の外に出る。足音を響かせながら階段を駆け下りると、家の裏に通じる扉を開けて裸足のまま外に出た。  ダストボックスの蓋を開け、既にいくつか入っていたゴミ袋の上へ袋を放り投げる。袋が着地する音と、蓋が閉まる音が同時に響いた後、世界は音を失ったかのように静かになった。  ーー終わってしまった。人生のほとんどを費してまで追い求めた夢が、呆気なく幕を閉じてしまった。  さっきまで晴れていた空を、灰色の雲が覆っていく。照りつける太陽が雲の陰に姿を隠し、空気が生ぬるい湿り気を帯び始めた。  服が汚れるのもお構い無しに、私は壁にもたれ掛かってずるずると地面に座り込んだ。立ち上がる気力なんて、もう残ってはいない。    彼女が言ったことは間違ってはいなかった。だからこそ、こんなに激しく心が痛むんだろう。  私って、こんなに弱い奴だったんだ。ちょっと小突かれただけでバランスを崩して、勝手に倒れてしまうほどに。  悔しい。情けない。惨めな気持ちが次々と湧き上がって、私の心を暗い色に染めていく。  私は膝を折り曲げて、青いチェック柄のスカートに顔を埋めた。嗚咽と共に溢れ出た大粒の涙は、布に染み込んで黒い大きな染みとなった。
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