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若竜 竜砂糖《カラメル》を口にする
ほっとした様子のシュナとまあ仕方ない、という雰囲気のデュランを交互に見て、リーデレットは呆れたような顔をした。
《なによ、デュラン。あんたまた早速、何か適当なこと吹き込んでたわけ?》
《べっ……別に適当なことでは。逆鱗の騎士と竜は一対一、それは……本当の事じゃないか》
《そうね。でも別に専属竜になるということではないわ。もちろん、仲にはそこまで関係を深めることもある。でも最初に逆鱗を渡されるときは、“お前のこと気に入ったから優先的に呼ばれてやんよ”程度よ、あちら側は。別に逆鱗の相手だけしか乗せられないなんてルールはないわ。あったとしても、それを作るのはあたしたちじゃなくて竜の方》
ぐっ、と詰まったデュランに、シュナが「そうなの?」という気持ちで顔を向ける。騎士はさっと顔を逸らした。シュナはしばらく黒い目でじっと彼を見つめていたが、ふん、とまた息を鼻から吐き出す。
《デュラン。嘘は良くないわ》
《う……嘘は言ってないよ……だって、俺の竜だもん……》
たしなめるようなシュナのピイ、という言葉には地味な反抗の意思が返ってくる。
やりとりを横で見ていたリーデレットが肩をすくめ、苦笑しながら言った。
《逆鱗を与えた竜、もらった人間、双方とも互いに特別であることは本当よ。大事にしたい気持ちはわかるわ。あんたの場合、五年の無双期間と更に五年の片想い期間を経ているから、執着するのはわかるけど。嘘ついてまで独占しようとするのは良くないわね、見苦しい》
《みっ――》
《心配しなくてもわたくし、デュランのことはいつだって乗せるわ。だってデュランの竜ですもの。それじゃ駄目なの?》
リーデレットがばっさり切った後、シュナが柔らかくフォローする。
デュランはぐぬぬぬぬ、と何かよくわからない声を喉で鳴らしていた。
シュナが面白がって真似をして同じような音を喉から出すと、なんとも情けない顔が向けられる。その表情も、あちらは色々言いたいことがあるのだろうが、見ている分には……悪いが、面白い。
シュナが喜んでピイピイ鳴き、表情の真似まで始めようとすると、ますます騎士の顔が泣きそうに――なったかと思えば、喜ばれているならそれはそれでいいや、とでも言いたげな、何か諦めたような気配になった。
その頃を見計らって、再びリーデレットが腰の辺りに下げている小さな鞄を漁りつつ話しかけてきた。
《ところで話はちょっと変わるけど、もう竜砂糖は食べさせたの? まだ? ……そのやっちまったって顔はまだね。どうせ初めての相手ができたことに浮かれて、その他のこと全部頭から飛んでいたのでしょう、まったく》
《カラメルってなあに?》
デュランが露骨に頭を抱えている横で、リーデレットはシュナに小さな荷から取り出した物を見せた。掌の真ん中にぽつんと置かれているのは、小さなキューブ状の結晶だ。金色をしていて、きらきらと光っている。
《これよ。迷宮神水から作られているの。あなたたち竜は迷宮神水を摂取して生きている。竜砂糖は迷宮神水を元にして作られているの。そうね……おやつ、みたいなものかしら?》
《おやつ?》
《うーん……ちょっと小腹が空いたときに口に入れる食べ物、みたいな……?》
《わかったわ!》
わからないことがあると咄嗟にデュランの方に顔を向けるシュナであり、デュランの方は首を捻りうなりつつ答えてから、シュナの嬉しそうな声に鼻の下を伸ばしている。
そのままごくごく自然な流れで、リーデレットに向かって催促の形に手を出していた。
彼女は微妙な顔をしたが、じっと竜砂糖を見つめて与えられる時を待っているシュナがあまり待たされるとかわいそうだと思ったのだろうか。
竜砂糖は女騎士から騎士の手の中に渡り、それからシュナの口に吸い込まれていく。
《ほら、シュナ。たんとお食べ》
シュナは歯の間に挟んだ固形物を、しばし迷って人間達の反応を伺った後、思い切ってかみ砕いた。
ばり、と音が鳴り、ふわりと口の中に香りが広がる。
ピイピイ声を上げるシュナに、デュランがやや心配そうに声を掛けた。
《一般的な竜は、甘くて美味しいって感じるみたいだけど……どう?》
《甘い? これ、甘いって言うの? これが甘み?》
《え……どうなんだろう。ごめん、それちょっと迷宮神水の濃度が高すぎて人間は口にできないんだ》
《そうなの?》
《迷宮神水は竜や迷宮の生き物たちにとっては生命線だけど、人間にとっては……まあ、ちょっとした劇薬ね。すごく簡単に言うと、口にすると死ぬわ》
《そうなの!?》
シュナが驚いているのは当然、父はそんなことを教えてはくれなかったからだ。
と同時に、自分が黄金色の液体――色々状況を総合して推測するに、あれはほぼ間違いなく迷宮神水だったのだろう――を飲んで生きていたことはまず彼らに教えない方がいい、とこっそり胸に刻む。
(……でも、ヒトのような形をしていた時なら、ヒトと違いすぎるということは、言ってはいけないことなのだろうけれど。今のわたくしなら、むしろ自然なのではないかしら?)
そんなことを考えていた彼女だが、人間達には竜が言葉もなく未知の体験を噛みしめているように見えているらしい。
考え事をしていたらあっという間に溶けてなくなってしまった、もったいないことをした、と空っぽになった口を開けて悲しそうに思わず鳴くと、無言で四つの掌が差し出された。
(……たぶんこれが美味しい、ということなのだろうし、もらえるのは嬉しいけれど、少し多すぎじゃないかしら……?)
最終的にシュナはもしゃもしゃと音を立てつつ、口いっぱいに入れられた竜砂糖を神妙に咀嚼している。
もはや無心で消化に勤しんでいる竜を、しかし人間達は二人とも非常に満足そうな顔で見守っていた。
「なぜかしら、小さい頃、野良猫を拾ってきたときのこと思い出したわ」
「一緒にするな」
「思い出しただけよ。もちろん彼女の方が圧倒的に美人。綺麗な鱗ね、空みたいに澄んでいて。それにくりくりした黒目――」
そこでリーデレットの声が小さくなる。
シュナは口の中に残る固形物をかみ砕く度にバリバリ音が鳴るのと、それから人間達二人が少し遠くに移動して小声で話し始めたのとで会話を聞き取ることができなくなった。
――いや。
竜は耳がいい。おそらくその気になれば二人の話している内容を拾うこともできたのだろうが、雰囲気からどうにもそれははばかられる、と遠慮したのだ。
時折リーデレットが声を荒げてシュナがピクリと耳を立てると、彼女は気まずそうにこちらを見てなんでもないよ、と手を振り、それからまた小声でデュランに何か言っている。
二人はどちらも笛を持つ竜騎士だ。ならば、シュナに話したいことがあれば笛を使うし、今までシュナがなんだろう、という顔をした時、デュランが期待に応じなかったことはなかった。
(ということは、きっと。離れた所で、人の言葉で交わされている今のお喋りは、わたくしは聞かない方がいいことなのだわ)
そう結論づけて、シュナはことさら口の中の甘みに集中しようとしてみる。
……やっぱりいくらなんでも量が多すぎたと思う。だんだん同じ味の暴力に飽きてきた。というか、もしかするとこれは、気持ち悪ささえちょっと感じるようになってきた、ような……。
「閣下。ご当主様より帰投命令が出ています」
そこでリーデレットの凛とした声が聞こえてきた。
シュナはようやく空になった口をうえっと開き、少しでも口から砂糖味を逃げさせようとしているのをやめて首を上げる。
リーデレットは真剣な表情で、デュランに何か筒のような物を渡していた。
ものすごく嫌そうな顔で受け取った騎士は、包みから中身を取り出す。
……紙、だろうか。
それに一通り目を通した彼は、真顔のままぐしゃっと握りつぶした。
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