竜騎士 帰投命令を受ける

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竜騎士 帰投命令を受ける

「思い出しただけよ。もちろん彼女の方が圧倒的に美人。綺麗な鱗ね、空みたいに澄んでいて。それにくりくりした黒目――」  そこでリーデレットは一度言葉を切り、声を潜めた。  少し離れた場所で、話題にされている竜は表情を失ってもくもくと竜砂糖(カラメル)を噛みしめている。  あえて少し多目に渡したから、しばらくはあちらで忙しいだろう。 「珍しいわね。竜であんな黒色の目をしているのは」  緑色の目がきらりと光り、デュランを見据える。  五年間竜に嫌われて接近できなかったとは言え、その前の五年間はどの大人よりも巧みに竜を乗りこなしていた男だ。リーデレットの言わんとしていることを理解していないはずがない。そもそもシュナを一目見た瞬間、わからないはずがない。  竜の瞳の色は金色が基本だ。青色や赤色、銀色なども存在するが、虹彩の色素が薄く細長い瞳孔がはっきり見えるのが竜の特徴である。  シュナの目は黒色だ。かなり近づいて注視しないと、瞳孔を見つけることができない。それほどに深い色合いをしている。  鮮やかな空色の鱗はともかく。  彼女の瞳の色は、少しでも竜と接する機会の多い人間ならまず真っ先に違和感を覚える部分のはずである。  デュランはリーデレットの言葉に沈黙で返した。彼女はさらに静かに言葉を続ける。 「それに名前の傾向が違う。シュニクスか、シュナリクスを短くまとめた……そういうわけでもないのでしょう? あの子は最初から、シュナ、としか名乗らなかった。違う?」  これもまた、少しでも竜と交流し、彼らから名前を聞き出すような機会があればすぐに気がつくだろう。  竜の名前は一律最後が同じ音で終わる。エゼレクス、アグアリクス、ネドヴィクス……等々、並べてみれば一目瞭然だろう。詳細や個々の名の意味はわからずとも、何かしらの規則性に沿って名付けが行われているらしいことはすぐに理解できる。  ところがシュナは、シュナ、としか名乗らなかった。  そこまで口をつぐんでいたデュランが、ちらりと未だ真顔でモグモグ口を動かしているシュナに目をやってから、やはり小さな声でようやく答える。 「ラングリースからどこまで聞いた」 「孤高の覇者たる竜騎士様が迷宮の奥で超レア物拾って、おかげで地上に帰ることを渋ってるってところかしら」 「……言い方!」 「ジャグの場合、あんたが執拗に脇腹に肘を入れたからじゃない?」  少しだけからかうような、先ほどまでの雰囲気を見せてから、リーデレットは話題を逸らさせまいとでも言うようにすぐにまた真面目な顔に戻る。 「……で。迷宮の至宝に最も近いお方の見立ては? あの子一体、何者なの」  息を大きく吐き出してから、デュランは観念したようにぽつりぽつりと語り出す。 「シュナは迷宮神水(エリクシル)で満ちた空間、卵の中にいた。だからかはわからないが、身体が小さいし、竜のルールや自分自身についてわかっていないことも多いみたいだ。運動機能には問題がなく、騎士を乗せて飛行することが可能、ガーゴイルを撃退する戦闘能力もあるが、本当に幼竜か……早産だったという可能性も考えられる」 「待って。ガーゴイルですって?」 「大木の間に出た。ターゲッティングされていたのは俺だ。おそらくあれらはシュナを取り戻しに追ってきたし、他の魔物……いや、魔物かもわからないな。見たことのない奇妙な影の手の群れに襲撃を受けた。完全に、シュナだけを迷宮の底に攫っていこうとしていた。エゼレクスが助太刀してくれたからなんとかなったが……」  リーデレットは緑色の目を揺らし、その奥で忙しく思考を回しているらしい。時折短く、確認を取るかのように声を上げる。 「エゼレクスと会ったの? その鎧の呪いは解けたということ?」 「いや、呪い自体は健在だと思う。エゼは俺に接近することは嫌がっていたみたいだから、乗せてと言っても間違いなくノーが出るだろうな。あいつは異端児だから竜全体の傾向を図るのには適任者じゃないが……他にもいた竜達の様子を見ている限り、彼らもまたこちらに対してどうするか思考中といったところに思える。あれはおそらく、シュナがピンチになったから特別対応を取ったんだろう」 「そのことは、シュナには?」 「確認してもいいけど。わからない、って言うと思うよ。最初に乗せて欲しいって言った時、俺が重いから自分は潰れるんじゃないか、それに乗せ方がわからない、と答えた」 「……シュナは、あなたを乗せること自体は、嫌がらなかったの?」 「ああ。乗せるのは構わないが、自分に乗せる能力が備わっているのかわからない。そんな風に考えているみたいだった――」  そこでデュランの言葉を遮るように、リーデレットが大きな声を上げた。 「なんでそんな子を、ここまで連れてきたの! 逆鱗まで受け取って! どう考えても普通じゃないわ、特級宝器相当の――下手をするとそれ以上の存在じゃない! 漆黒竜鎧(ドラグノス)といい、あんたって男は本当に、いつもいつも変な所に迷い込んで、ホイホイ拾ってきて――」  リーデレットははっと言葉を切った。  少し遠くのシュナが、驚いたようにピンと耳を立て顔を上げて、こちら側の様子を窺っている。  なんでもない、と引きつった笑顔で手を振れば、彼女はまた竜砂糖に集中することに戻っていった。 「……竜は皆知性が高いけれど、彼女はその上気が利いて優しいわね。あたしに遠慮したり緊張したりってのもあるのでしょうけど、あえてこちらの話を聞かないようにしている。だったら、なおさら……」 「――置いてなんか、いけるもんか」  リーデレットが振り向くと、今まで言葉は返しても視線はシュナに向けていたデュランが、彼女の方に向けていた。竜騎士は噛みしめるように言葉を紡ぐ。 「五年間、誰も答えなかった。わかるか? 誰もだ。俺は救命笛(ホイッスル)で呼ぶ方、呼ばれる方じゃない。別にそれでもいいさ、納得してるし。だけど……シュナは俺の笛に応じた。暗くて狭い場所で、必死に俺のことを呼び続けた。俺が迎えに行くまでずっと、俺の笛に返し続けた。それを、置いてなんかいけるか?」  今度はリーデレットが返す言葉をなくしている。  デュランは少しの間だけ彼女を金色の目で睨みつけるようにしてから、一転して穏やかな顔をシュナの方に向けた。明らかに量の多すぎた竜砂糖で口の中が変な感じになっているのだろう。意識的か無意識にか、悲しそうに、あるいは不満そうにピイピイ声を漏らしている竜を見つめ、目尻を下げる。 「――もう一度、女神に呪われることになったとしても。俺の竜だ。俺が選んで、選ばれた竜なんだ」  騎士の片手は自然と胸元に伸びていた。  そこに収められている、空色の鱗を鎧の上からぎゅっと握りしめるかのように。  リーデレットはよろめくように一歩下がり、ああ、ともうう、ともつかないうめき声を上げた。 「まったく……ジャグの報告で、ええ、そりゃもう、嫌な予感はしていたけれど。予想より遙かに酷かったわね。前代未聞の連続じゃない。離れたくない理由もわかるわよ、あたしもそれがベターかつ考え得る限りのベストだと思う。竜騎士や、迷宮を知っている冒険者達なら――迷宮を知る現場の人間なら、その主張も認めるでしょう。……でも、わかっているわね。地上は地上が一番なのよ」  リーデレットは愚痴を吐くようにブツブツ言っていたが、最後まで言い終えると、頭を左右に振ってから、ピンと姿勢を正した。  デュランも自然と……非常に嫌そうな態度を隠しもしていないが、力の抜けていた状態からやや緊張している状態になり、さあ来いとばかりにリーデレットに向き直る。  リーデレットは荷の中から、筒を取りだした。  刻まれている竜をかたどった紋は、ファフニルカ侯爵のものだ。 「閣下。ご当主様より帰投命令が出ています」  デュランは受け取り、億劫そうに中の紙を開く。  ム ス コ ヘ  ハ ヨ カ エ ッ テ コ イ  ワ シ ガ タ イ ヘ ン  ト ウ シュ  彼は短い文章に一度目を通すと、思わず反射的にだろうか、ぐしゃっと手の中の紙を握りつぶした。
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