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ひゃくにんめ。
「タエさん、そこしっかり掴んでくださいねー。滑りやすいので気を付けてくださいー」
それは私にとって、珍しくもなんともないいつも通りの光景だ。老人ホーム“木漏れ日の家”。ここで暮らしていたり、デイサービスで来るお年寄りのお世話が私の仕事である。介護は力仕事だ。にも関わらず女性の比率が高いのは、女性の方がきめ細かやかな気配りやお世話が得意な人が多いからなのかもしれない。――確かに、琢磨は全然そのへんダメだもんな、と私はちょっとだけ空気の読めない旦那を思い出す。
病気で腰がまがってしまっているタエさんは、ゆっくりとしか歩くことができない。それでも綺麗好きの彼女は、絶対に風呂だけは欠かしたくないのだと毎日のように私に言っていた。
そして彼女を支えて体を洗う手伝いをし、湯船まで誘導すると。お風呂につかって、それはそれは幸せそうに言うのである。
「いつもありがとうね、夏海さん。……貴女のおかげで、私は汚いバアちゃんにならずに済んでるのよ」
高齢者の中にもいろいろいる。非常に気分の浮き沈みが多い人もいるし、気難しい人や気に入らないとすぐ怒鳴るような人も中にはいるのは事実だ。そしてタエさんのように、体が不自由な人も少なくない。タエさんはまだ歩くことができるが、中には自力では全く立ち上がることのできないお年寄りもいる。
高齢者介護の仕事は、けして楽なものではない。給料だってさほど高くはない。それでも続けてこれたのは、タエさんのような人がくれる感謝の言葉や、高齢者との交流に救われている面もまたあるからだ。
これからますます、お年寄りが増えていくことになるであろうこの時代。介護福祉士とヘルパーの需要はますます高まっていくことだろう。しかしこの仕事の本当の大変さも喜びも、実際に勤めている人間にしかわからぬことがたくさんあるのである。時には、うまく言葉だけでは伝えづらいようなこともまた。
――さて、C棟の方々までお風呂は終わったから、今のうちにご飯食べとかないとなあ。
疲れた腕をこきこき回しながら歩いていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「夏海さん、お疲れ様!いつも大変ね!」
「あ、柴木さん。お疲れ様です」
もう若いとはいえない年の私だが、それでもこの現場の中では一番の若手になる。私より五つ年上の柴木美佳は、元気よくにっかりと笑いかけてきた。私よりも五年長くこのホームに勤めているベテランだ。腕が痛いわー腰が痛いわーあたしも年ねーといつも言いながら一番パワフルなのが彼女である。お風呂の仕事や下のお世話をした後であっても、全然疲れた顔を見せたことがない。
口うるさいと感じるときもあるし、実際お喋りなので秘密の共有にはまるで向いていないが。彼女の、まるで大阪のオバチャンのような明るいノリと態度に、多くの職員達が救われているのもまた事実だった。
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