第三章

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 2  二分。  携帯も、腕時計も無い、それでいて恐怖に支配されている中で数える二分。それはとても難しい話だった。 「三六、三十七、三十八」  足音が聞こえないか耳を澄ませながら、それでいて脳内では数を数える。  逃げる前に聞こえた悲鳴は、ニックだったのかもしれない。最悪の事を考えれば、殺人鬼はあの男はだけではないだろう。 「三十九、四十、四十一」  ケイは確かに「吸血鬼ではない」と言ったのに突然「吸血鬼である」とも言っていたのも気になる。  作られた吸血鬼というのは、一体なんだろうか。フランケンシュタインのように、人工的に作られたのならば「吸血鬼ではある」けれど、純粋な者ではない。しかし、それはあまりにも非現実的だ。  いや、まず吸血鬼がいると考えている時点で、僕の頭は既におかしいのかもしれない。 「四十二、四十二、四十三……四十一……」  マリアは無事なのか。あの細すぎる体でちゃんと逃げ切る事が出来るのだろうか、でも、もしあそこで誘拐されていたのならば、祖母は僕が来ることを止めるはずだ。  そうだ、こんなにおかしい話があるのだから普通は孫を歓迎しないだろう。皆グルなのだとしたら? 他所から人を呼んで犠牲にしていたのならば?  いや、それはない。  あんなに必死にバラばかりを育て、それでいて森に近寄ろうとするのならば注意をしてくる。それでは矛盾してしまう。混乱で頭痛さえしてくる頭を抑えながら僕は二分までの永遠とも思える数字を呟く。 「四十五、四十七、五十一……」  そういえば、ケイは何を読んでいたのだろう。  僕はソロソロと音を立てないよう、再度部屋の奥に戻り本棚を見た。  ケイが読んでいた本は、他の本とは違い埃が払われていたので簡単に見つける事が出来た。何かの詩集だろうか。厚めの本にはリアルで可愛げの無い白黒の挿絵が載っている。ページをペラペラと捲っていると、ヒラリと何かが落ちた。  落ちた紙を捲ってみれば、それは古い写真だった。  スカートを穿いている被写体が一人……女性だろう。ただ、被写体の顔はズタズタに裂かれており、顔は全く分からない。  写真の裏を見れば、約九十年前の日付が記載されている。  ここにいるのが食人鬼、だとして殺しの理由は怨恨だろうか。けれど、写真の裏に書かれていた日付はとうの昔のもので、あの食人鬼がこの被写体の子供、ではなさそうだ。  不意に銃声が響いた。 「ケイ!」  僕は数を数えるのもケイの忠告をも忘れ、本を投げ捨てて廊下に飛び出した。
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