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3
食人鬼の姿は、見えない。
第一、あんな体格であんな独り言が大きかったらすぐに分かる。周囲に気を付けるという事よりも遥かにケイが心配だった。
銃は持ってもやはり成人男性とまだ十代女性の力の差は大きい。彼女も僕と同じくらい危険なのは変わらない。
廊下を歩くと階段が見える。さっきマリアとはぐれた僕は、いつの間にか二階に駆け上がっていたようだった。となると、ケイと一緒に部屋に隠れていた時に聞こえた、ドタドタと階段を使う足音は食人鬼が階段を下りるために使ったと予想出来る。
一階に下りようとした手前で今度はマリアを見つけた。
銃声に驚いたのだろう。元々白い肌をより一層青白くさせ、彼女は自分の腕で自分を抱きしめている。それでもガタガタと体が震えている辺り、心身とも限界なのが見て取れた。
「大丈夫」
そう宥める。マリアはコクコクと頷く。必死に落ち着こうとしているのだろう。たどたどしい僕の言葉に耳を貸している。
マリアの震えが収まった頃合いを見て、僕たちはこっそり階段を下りようとした。
ザリザリと嫌な音がした、何かを引きずる、そんな音だ。
「あぶないよ。もり、もりにおにげ、おにげ。おにげ」
例の独り言とドスンドスンという足音が下から聞こえる。血の気が引いた。
「マリア、僕の後ろにいて。見ちゃダメだよ」
階段の手摺りに隠れて下を見る。独り言と足音、そして何かを引きずる音はちょうど真下だ。
「なんじ、なんじ。あぶない」
変わらない先程と同じようなエプロン、黒いゴム長靴、風呂に入っていないのだろう。体臭が汗の匂いと混じり悪臭を放っている。その食人鬼は、人の足を掴んでいた。足を持たれた誰かは抵抗も見せず、ただただズリズリと引きずられている。
それは血に汚れたニックだった、
ニックはまだ生きているのか、胸元は少し動いている。ぼんやりとした目で僕を捉えると何かを話たげに口を動かしている。
――……ここにいるのは、殺人鬼?
――……食人鬼、の方が近いかな。
頭痛。吐き気。
僕は、耐えられなかった。
口を押さえ、呼吸を整えようと何度も深く息を吸う。その度、悪臭が鼻と喉を焼き益々吐き気を催した。
「どうしたの?」
覗いたマリアは僕の制止もきかず彼らを見、悲鳴をあげた。食人鬼はこちらを見るとぼんやりとした顔を輝かせた。
「まいあちゃん!」
舌っ足らずで上手に発音出来ていない。男の興味対象が変わったのだろう。もう口すら動かさないニックを乱暴に放り投げて、ドタドタとこちらに走ってくる。
「逃げて!」
僕は震えるマリアの腕を掴み、強引に走り出した。
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