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4
息が切れるまで走る、走る、走る。
マリアは泣きながら必死に僕についてくる。赤い瞳には、今にもこぼれそうな涙が溜まっている。きっと視界が涙で歪んで見難いだろう。僕もついさっき体験済みだ。
縺れる足で一生懸命走るのは、僕も同じ。
日頃の運動不足、過度の緊張、理由ならいくらでもある。
それでも二階のいずれかの部屋に逃げ込み扉の後ろに隠れるまで、僕たちは一度も振り返りもしなかったし、転びもしなかった。
「アレは、なに?」
「分からない。でも、良くない人、だと思う」
ここで殺人鬼、食人鬼それでいて吸血鬼だよ等と言ったらマリアは絶対に泣くだろう。今もこんなにガチガチと歯を鳴らし僕の腕に抱きついてくる。
「パパ、パパを呼ばなくちゃ」
「遠いよ。僕も呼べるなら呼びたい。携帯、持ってる? 僕、捨てられちゃったみたいで」
マリアは首を横に振る。やはり被害者は皆連絡手段を絶たれている。
――――ドォン。
発砲音でこそない。が、再び大きな音が響く。
その音でパニックになったのは、僕の隣にいるマリアだけではない。廊下に、恐らく近くにいたのだろう。あの食人鬼の混乱した声が廊下に響き渡った。支離滅裂で何を言っているのか……。けれど、困惑して怒鳴っているのは分かる。
おうおう。と、何かを立て続けにあがる叫び声。発砲音がした場所へと駆ける騒がしい足音
「ケイが危ない!」
声には出すけれど、マリアに腕を捕まれる。
「行かないで。パパが来るから」
「ねぇ、聞いて」
僕はその場にしゃがみマリアの肩を掴む。マリアは思った以上に不健康に痩せていて、今にも肩が折れてしまいそうだ。
「僕たちは捕まったんだよ。逃げないと、ここには誰も来ない。分かるだろう? 森に行っちゃダメって言われてるから」
「そんな事ない!」
マリアは涙も拭かず僕の手を払いのけた。その勢いに気圧されて僕はただ驚いて彼女を見張る。
「迎えに来てくれる! 今は夜だから寝てるだけ!」
マリアはそう叫ぶと僕の静止も聞かず走って行ってしまった。
「夜中?」
僕は遮光カーテンの隙間から差し込む日の光を見ながら呟く。その強さから丁度昼頃だ。
――……僕の他にも人がいるんだ。
――……そうなの? マリアは今起きたから分かんなかった。
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