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2
ケイに助けを求めようとして、僕は単独行動したのを思い出した。
きっと彼女はついて来てくれるだろうという考えは儚く散る。そういえばマリアを追いかけるとき後ろからケイの足音は聞こえなかった気がする。
「フラスコを見てないかな?」
「ふらすこってなーに?」
マリアに聞くけれど、予想通りの返答が来る。
マリアはずっと家に閉じ込められて何も教わっていない。彼女が食べていたであろう人肉や、人の血液なんて、……まして彼女の餌となる為に何人もの人間が行方不明と告げられたのかすら。
「ガラスで出来た容器なんだけど……いいや。僕廊下に出たいんだけど、退いてもらっていいかな?」
フラスコを守る魔法だというのに、マリアはすんなり退いてくれる。居心地悪さを思いながら僕は廊下に出て隣の部屋の扉を開ける。
そこは死体安置所だった。
入り口から見える限り死体は最低でも四つ。二段ベッドにそれぞれ裸の死体が置かれており、どれも冷え切っている。冷え切っているというよりは凍っていると表現した方がいい。
腐臭を防ぐ為か、冷房が必要以上に効いている。その二台稼働してある冷房の強さは、この部屋に来たばかりの僕の体温も高速に奪っていった。
音を立てながら扉を閉める。
ここも、この部屋もあの時の場所だ。魔法陣はきっとあの屋敷内をも作り上げている。僕があの出来事を少しでも早く忘れようとしているからか、そこまで覚えていないからなのか、記憶が曖昧な場所は全てぼやけており、それが一層恐怖心を煽る。
荒い呼吸のまま僕は痛みを持つ頭をガンと扉にぶつけた。この痛みで動悸も、頭痛も治ればいいなんて思った。けれど、そうはいかないようだ。ヨタヨタと後退し壁にもたれかかる。
「はいらないの?」
後ろでマリアがそう尋ねる。部屋の中をきっと見ていないのだろう、興味津々といった具合に僕と扉を交互に見ている。
「入りたくないんだ」
「でも、何かを探しているんでしょう? 部屋はココしかないよ? マリアが開けてあげよっか」
僕の静止を聞かず、マリアは扉を開ける。
彼女があの光景を見てパニックに陥るのをどう止めようか判断する前に、そのパニックになったのは僕だった。
扉の先には死体安置所なんかではなく、代わりに森が広がっていた。
マリアを照り付ける日差し、纏わりつくつくような熱い風。夏の森。振り返れば、扉は既に消失している。
いつの間にか、森の中に僕たち二人はポツンと立っていた。
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