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夕食。僕は今日会った事を祖父に相談するか悩んだが、結局話せずに終わってしまった。
元々、森の正体を教えて貰えない立場なのに「教えて貰えない事が不服なので勝手に調べています」なんて言ってしまったら怒られる事は間違いない。
気が重いままシャワーを浴びてベッドに潜る。
携帯を確認すれば『無事に到着? お母さんも早くそっちに行きたいな』というメールが届いており実家にいる犬の写真も添付されていた。携帯が気になるのか犬はカメラぎりぎりに近づいていて鼻面のアップで体が見えない。
それを見て僕は安堵する。長距離移動に少し現実離れした怖い話を聞いて疲れていたのかもしれない。
寝る前に開けっ放しの窓を閉めようと近寄った。草でも刈ったのか外の空気は青臭い。深呼吸をしようとした僕は、外にいる女の子と目があい、驚きのあまりむせてしまった。
グリーンガーネットのように輝くその不気味な瞳が僕を射る。
反射的に僕は階段を駆けおり、話すネタなんて無いのに彼女の元に走って行っていた。既にいないと思っていたが、彼女はどうやら待っていてくれたようだ。
「こんばんは」
僕がそう言うと、女の子は突然頭をガクッと下げた。テレビで見た事がある、ニホンの『エシャク』というものだ。けれど、こんな突然されるとは思わなかった。まるで頭が落ちてしまいそうに見えた。それ程、彼女には生気が感じられない。
「あなたも森に行きたいの?」
厳しい口調の女の子だが、僕はその言葉に疑問を持った。
「あなたもって事は、ニックは外に出ようとした?」
僕の問いかけに彼女は何も答えず頷く。
「吸血鬼が危ないって? なのに、どうして君は外に――……」
「知ってどうしたいの?」
僕が言い終わる前に彼女は問い返した。
「知っておきたいだけ。どうしてここに来たの?」
「私は呼ばれたの。――……ごめんね、ありがとう」
急に女の子がしゃがんで謝る先に僕はいない。代わりにいたのは祖母の黒猫だった。「その猫、君の?」
探りを入れる質問に彼女は首を横に振った。
「違う。ここの飼い猫」
「昼間もその猫に話しかけてたよね。猫と会話でも出来るの?」
「私はもう寝るから、あなたは家に帰って」
猫を撫でていた彼女は、すっと立ち上がる。馬鹿にした訳ではないけれど、やはり怒ってしまっただろうか。
「家まで送るよ」
「いらない。今の時期、昼間でも森の近くに行かない方がいいと思う」
「吸血鬼に襲われるから?」
「その通り。おやすみ」
僕は何か質問をと考えたが、咎めるような緑の目に怖じ気づき家へ戻る事にした。黒猫も一緒に招き入れ、そして窓を覗き込む勇気もなくベッドに横になる。
このまますんなり寝られる訳にもいかず、携帯で吸血鬼について検索してみる。血を吸う、人を襲う。だけれど、ここで実際起きた事は後頭部を殴り、それでいて老人の血を吸う吸血鬼だ。大抵、犠牲になるのは若い女性の血だと聞く為あまりしっくりこない。
「名前、聞くの忘れた」
携帯を置き、部屋の明かりを消しながら僕は呟いた。
目を閉じて僕はあの子を思い出す。人形のような顔、緑の瞳。そういえばあの子と話をしている時、なんだかとても居心地が悪かった。
『私は呼ばれたの。――ごめんね、ありがとう』
彼女は確かにそう言っていた。
この田舎に一人で呼ばれる用事などあるのか、映画でいうようなヴァンパイアハンターか。そんな非現実的な事が果たしてそう簡単にあるのだろうか。
妄想が妄想を呼び収拾がつかないまま僕はいつの間にかすっかり眠ってしまっていた。
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